情けないが耐えられなかった
勇者とか聖女とかのになってしまった婚約者とか恋人を何年も待てる人って強いよねと思ったので。
偏見はあるかもしれないが、女性にとって人生の主役だと、一番幸せだと言える瞬間は結婚式だろう。
多くの人に祝われて、明るい未来を想像できる。そんな門出。
まあ、実際には、嫁姑問題とか、子供の問題とかいろいろあるのは覚悟してはいた。
だけど、だけど……。
「貴方が勇者です!! すぐに神殿に来てくださいっ!!」
いや、ここ神殿というどこか変なことを考えてしまったけど、今まさに結婚の誓いを告げようとした矢先に、夫になるはずの人が神殿の使者という人らに連れ去られて、結婚の誓いと婚姻届けの記入をする前に放置された。
「あの……わたくしはどうすれば……」
結婚式を仕切ってくれた神父に尋ねるが、神父自身も想定外だったので困惑している。
集まってくれた招待客もどうすればいいのか分からないと近くの人と話し合っている。なあなあの中で解散になって、夫……いや、婚約者の連絡を待つしかない状況で、実家で待てばいいのか新居に行けばいいのか迷って、すでに新居に荷物を送ってあったので新居で待つ状況で、数か月が過ぎた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!! 勇者だからこのまま魔王討伐に行くですって!!」
一体夫? 婚約者? のレックスがどうなったのかと戦々恐々していたのに、神殿……結婚式を行った場所ではなく、神殿の本部。大聖堂だったに連れていかれたレックスは、そこで自分が勇者で魔王が復活したので討伐の旅をすることが決まったそうだ。
………それを本人から聞かされず、攫った神殿関係者でもなく数日……下手をしたら数か月遅れの新聞で知らされる気持ちを考えて欲しい。
わたくし妻よ。いや、まだ戸籍上では婚約者状態だけど、結婚式の最中に夫が攫われたのだ情報を聞きたいと思うのは当然だろう。
レックスの実家に尋ねたら、とっくの昔に報告が来ていて、わたくしにも情報が来ていると思っていたという返答が来た。
いや、知っていたら息子嫁(予定)が実家に話をしに行くわよね。なんで何も動きが無くて、情報を求めていたのに放置するんでしょうかね。
しかも夫の実家は、勇者になった子を育てた家ということでいくらかのお金が神殿から渡されたようで……。
あっ、お金を分けたくないから自分達から口にしなかったのですね。分かりました。
わたくしの実家に連絡をするとすでに娘を嫁に出したのだと帰ってくるな宣言をされて、夫(?)の実家はまだ嫁いでないでしょうという扱いをされて宙ぶらりんの状況に置かれて正直途方に暮れた。
まず生活費。
夫……いや、レックスの仕事は勇者になったからという理由で退職扱いになった。わたくしは結婚するなら家庭のことを中心にしてほしいと言われて、仕事を辞めたので生活するためのお金はわたくしの貯金を切り崩しての日々。
このままではいずれ貯金が底尽きると思ったので元職場に連絡をして再び雇ってもらえないかと尋ねてみたが、既に新しい人を雇っているので無理と言われて、他の仕事を見付けて働くことにした。
これで、当分困らないと思って新居でレックスが帰ってくる日々を待つことにした。
そう……待っていたのだ。
「勇者さまは聖女さまと仲睦まじいらしいわ」
何か月遅れで届く新聞には勇者と聖女の状況も新聞記者が取材をしているそうで、魔王軍との戦闘とか進捗状態は発表できないがそれ以外のことは報道できるようで、勇者と聖女の話が掲載されていた。
仲睦まじい様子。まるで恋人同士のような日々の記事。
勇者と聖女が恋人同士の方が魔王を倒す力が増すというかつての勇者たちの戦歴もあって、勇者と聖女が恋人同士だと好ましいと望まれているようだ。
わたくしも第三者だったらそう思っただろう。だけど、わたくしは勇者になったレックスと結婚式を挙げている最中だった。そんな状況を許せるはずはない。
口には出さないが、不快感を抱いていたが、世間一般には勇者に聖女以外の女性が居るという事実の方が許せないようで、一年ぐらい過ぎてじわじわとわたくしの周りに変な空気が流れるようになった。
『ブス』
『消えろ』
最初は家に貼られた悪口だった。
貼られている紙の文句は理解できたが、なんでこれが貼られているのか最初は理由が分からなくて困惑した。こんな紙が貼られていたと警邏隊に報告したが、その対応がおざなりだったのも気分が悪かった。
次は、近所の人たちがわたくしを避け始めたことだった。確かに、一人暮らしで近所づきあいはおざなりだったこともあったが、避けられるほどひどいことはしていないと思っていたからショックだった。
何かしたのかと尋ねたくても聞けない状況。その間にも貼られていく紙はどんどん過激になってくる。
『死ね』
『阿婆擦れ』
『勇者を利用する悪女』
勇者という言葉が出てきたタイミングで、雇ってくれた店の店主が申し訳ないという表情で、
「勇者の名前を利用している自称妻をいつまで雇っているのかとお客が離れていくのよ。このままではうちの店もやっていけなくてね」
僅かな退職金を渡してくれたのは優しさだろう。こっちの言い分を聞かないでクビにされなかったのだから。
家に帰るとまた張り紙が貼られているのだろうなと溜息を吐きながら家に向かうと、
「何……これ……」
家が燃やされていた。まだ燃やしたばかりだったのか犯人らしき人影が数人逃げていくのが見えたが、追いかけるよりも先に火を消すことが最重要だったので必死に火を消していく。
幸いにもわたくしを避けていた近所の方たちも手伝ってくれたので最小限に収まった。だけど、
「火を付けられたのは貴方が悪いのでは」
警邏隊の冷たい一言。
犯人を目撃したのに犯人を庇うような発言もされて、近所の方たちの視線が避けるものから冷たいものに変化していったのを感じた。
勇者の自称妻。聖女という存在が居るのに。
「……………っ」
もう限界だった。
気が付いたら最小限に荷物を手に誰も自分のことを知らない場所を目指していた。
勇者の自称妻。
勇者と聖女の中を邪魔する悪女。
そんな噂が消える場所を目指して――。
路銀が尽きるまで遠くに来ていた。今まで住んでいた場所よりも山里の村。
「好きなだけ居るといい。ここは今までの暮らしに疲れた人が来るようなところだからね」
温かく迎えてくれたお婆さんは祖母が婚約破棄を告げられ行き場がなくなってこの村に辿り着いたと懐かしそうに微笑んで話をしてくれて、そう言う人々から逃げてきた人たちの楽園だと笑っていた。
そこかしこに、親が駆け落ちしたとか。冤罪で逃げたとか。悪役令嬢にされたとか。勇者パーティーから追い出されたものだと言う人の血縁者がいっぱいで、いつか笑い話に出来たら教えてくれとまで言われる環境。
結婚する前にしていた仕事は村で重宝されて、すぐに仕事にありつけて、村が用意してくれた家で暮らす穏やかな日々。
困ったらすぐに相談できる環境は話し相手に飢えていたわたくしの心を癒し、ここでは勇者の自称妻という噂に苦しめられることはない。
村にはわたくしと同じ時期に来た青年も居て、
「……どうも」
「………こんにちは」
「「…………」」
最初はぎこちない感じで互いに距離を取っていたけど、用意された家が近かったこともあり、
「これを運べばいいんですね」
「すみません」
重い荷物を持てないで困っていると青年が家まで運んでくれたり、
「服ほつれていますよ」
「あっ!?」
「直しますよ」
どこかで引っかけて破れた服をわたくしが直すようになって、気が付いたら困った時は協力し合うような良いご近所付き合いをするようになっていた。
「ポーチュラカさんもルドベキアさんも笑顔が増えたわね」
とポーチュラカとルドベキアに最初に助けてくれたお婆さんがオカズの差し入れを持って来てくれたついでに声をかけて来た。
「二人とも最初は身投げをするのじゃないかと冷や冷やしていたのよ」
笑い話に出来るようになった時点でもう安心だと判断されたのだろう。
そう太鼓判を押されたこともあったので、ルドベキアさんに、
「実はわたくし、結婚式の途中で夫になる人が勇者だと判明して」
「えっ⁉ 俺の婚約者は聖女だったけど」
心底驚いたように告げられて、わたくしもルドベキアさんの告白に驚かされる。
そこでますます驚かされたのは互いの境遇。
ルドベキアさんは婚約していたが、聖女だと判明したので婚約は白紙。婚約をしたので聖女の実家の借金を立て替えるという約束だったので、ならば、借金の話を持ち出すと脅してくると言いがかりをつけられて聖女を守らないといけないという考えの方たちから暴力を受けて必死に逃げて来たとか。
わたくしは女性だったから暴力は受けていないが、嫌がらせはされていたと話すと、
「大変だったな」
「いえ、貴方こそ」
互いに気遣うような優しさに触れる。
やっと言えた。わたくし達が悪いのかと責め続けていた日々で理解してくれる人が。
傷の舐め合い。そう言われても仕方ない状況でわたくし達の距離は縮まった。
やがて、
「結婚しようか」
「はい」
永遠の約束も出来るほど傷が癒えた。
誰もが心の底から祝ってくれる結婚。誰も邪魔しないで最後までやり遂げて、新婚の日々を送る中。勇者と聖女が魔王を討伐したというニュースを一年遅れの新聞で知った。
だけど、わたくしにはもう関係ない。ただ穏やかな日々を過ごすのみ。
それからまた届いた新聞で、勇者と聖女がそれぞれの婚約者を探しているという記事があったのには申し訳ないと思った。
でも、婚約者からの連絡もなく、嫌がらせをされ続ける日々に情けないが耐えられなかった。だから、こんな薄情な元婚約者のことを忘れて幸せになってください。
この後自分たちの婚約者が嫌がらせを受けていた事実を知った勇者と聖女はどうなるのか。




