2話 優しい友達
続きました。
あんなことがありつつも変わらず学校はやってくる。世界は昨日の雨のことなどすっかり忘れてしまったのか、今日は雲のかけら一つもない快晴である。
が、そんな世界とは対照に俺は昨日のことを忘れられないでいた。
一晩たち冷静になった思考で振り返ると、昨日は思わずテンションが上がってついいらないこと言っちゃったなとか、調子に乗り過ぎたなとか、考えれば考えるほど反省が湯水のように湧き上がってキリがない。絶賛一人反省会開催中だ。
過ぎたことはしょうがないと言った手前ではあるが、それはそれとして気になる相手に対してやらかしてないかは気になってしまうし、昨日の今日で彼女と顔を合わせるのがどうにも気まずく感じてしまう。
どうか昨日のことなんて忘れていてほしい。いや、やっぱうそ。全部忘れられるのはツラいから俺に都合の悪いことだけ忘れてほしい。
学校に近づくにつれて気分は下り坂を転がり落ちているが、そんなことなど知ったことかと嘲る空は清々しいほどに澄み渡っている。そんな天気を羨ましく思いながら「はぁ」とため息をつくと「ため息なんてついてどうしたの?」と声をかけられる。声の方に顔を向けると、そこには友人の音代 律と笠原 楓希が立っていた。
音代は気配りの出来る奴だ。大人しい性格だが周りのことをよく見ていて、困っている人がいたらそのために動ける優しさをもっている。
低い身長(161cm(自己申告))とそれに見合ったほわほわとした雰囲気が小動物みたいでかわいらしいが、本人は小さいことを気にしているのか昼食の時には欠かさず牛乳を飲んでいる。目標は165cm、あわよくば170cmを超えたいとのことである。
が、そんな姿が一部の同級生やお姉さま方に刺さっているらしく、水面下で何やら動きがあるらしい。ただそんなことなど露知らず、当の本人はのほほんと日々を過ごしている。ぜひそのままの君でいてくれ。
そんな彼であるが自他ともに認める本好きであり、文芸部と図書委員会に所属している文学男子でもある。今のマイブームは推理小説らしい。
笠原は竹を割ったような性格のナイスガイだ。気になったことがあればすぐ行動に移す風みたいな奴で、その性格もあってか時折踏み込みすぎるきらいがあるが、さっぱりとした態度が何故かそれを許してしまう。
音代とは違い結構いいガタイをしているため入学当初は運動部の勧誘がすごかったが、実際に入部したのは軽音部だ。理由を聞いたところ入学前に見たアニメに感動したかららしい。衝動的に入部を決めたため、絶賛ギター練習中の初心者である。今はFコードの壁にぶち当たっているとのことだ。
ちなみに霜咲さんにに初めて話しかけて撃沈した漢であり、今もなお挫けることなく話しかけ続けている勇者である。
そんな彼らに「おはよう」と挨拶すると彼らもまた挨拶を返してきた。そのまま横に並んでくると「で、どうしたんだよ」と笠原が聞いてくる。
なんて返したものか非常に悩む。正直、めっちゃ個人的でどうでもいい悩みであり、彼らに聞いてもらうようなものでもない。というよりも、むしろ聞いてもらわない方がいいまである。何しろ笠原はあんなことがあっても諦めずに霜咲さんに話しかけている漢なのだ。そんな相手に「昨日彼女と話したんだけどさ~」なんて言いたくないし、知られたくもない。もし知られたら絶対面倒くさいことになるに決まってる。
というわけで「何でもないよ」と答えるが笠原もなかなか引かない。
「いやいや、お前みたいなのの『何でもないよ』が一番信用できないんだよ」
「な?」といいながら肩を組んでくるのを「やめい」と振り払うと、その様子を見ていた音代が笑いながら聞いてくる。
「でも、怜詞くんがため息つくなんて珍しいね」
「だよなあ」
え、そんなに? そんな自覚なんて皆目持ち合わせていなかった俺は、どういうことかと彼らに尋ねる。
「いや、怜詞くんってそういう姿見せないから」
「そうそう、取り繕わずに言うとお前は外面がいい」
「シンプルにひどい」
「安心しろ。内面もいい」
「安心した」
「まあ楓希くんほどは言わないけど、頑張りすぎてため込んでないか心配でさ」
「昨日も先生のこと手伝ってたし」と続ける音代の言葉に思わず感動してしまう。
音代、それに笠原。そんなに俺のことを心配してくれるなんて、なんていい奴らなんだお前らは。そんな奴らと友達な男はさぞ幸せに違いない。俺が保障する。ただ本当に申し訳ないが、このため息はしょうもない悩みから生まれたものである。
彼らの心配に「大丈夫、大丈夫」と答えると、「ならいいけど」と音代が言い、「でもよ」と笠原が続ける。
「何かあったら言ってくれよ。話くらいならいつでも聞くぜ」
「友達だろ?」と親指を立てる笠原に「その時は頼むわ」と言うと「もちろん僕もね」と音代も言ってくれる。そんな彼らの気遣いに「ありがとな」と伝えるが、どうにも気恥ずかしくなってしまい、「それよりもさあ」と話題を変える。俺はズルい男だ。
そんな感じで取り留めのないことを話しているうちに教室へとたどり着いた。
「おはよう」と挨拶しながら教室に入ると、彼女は既に席についていた。挨拶に反応したのかこちらをちらっと見てきたが、興味がないのかすぐに視線が元に戻る。
そのあっさりとした態度に、昨日のことはそんな気にしてないのかなと少し安堵を覚えた。が、それはそれとしてやっぱりちょっとは接点が欲しいから、少しは気にしていてほしいなあと気持ち悪いムーブを心の中で展開してしまうのは俺が悪いのだろうか。
気を取り直して自分の席に向かうと、ふとあることに気が付く。
「あれ、渡良気いなくね」
「ホントだ。何かあったのかな?」
「確かあいつンちって遠いんだっけ」
「遅刻か?」と普段なら既にいるはずの友達について話していると、「少しいいかしら」と不意に声をかけられた。
あれ、もしかしてこの声は? いやまさかそんなわけないだろと思いつつも振り返ると、そこには霜咲さんが立っていた。
しんと教室が静まり返る。先ほどまで騒々しかった教室から声がなくなる。が、それも当然と言えるだろう。なんといってもあの霜咲 遥が自分から声をかけたのである。はっきり言って異常事態だ。やっぱり昨日世界が終わってしまい、今日から違う世界線が始まってしまったのだろうか。
いきなり話しかけられて目を白黒させていると、真っ先に我に返った笠原が自分を指差して「俺ですか?」と口にしたが、
「あなたじゃないわ」
と彼女の放つ容赦のない言葉の刃にバッサリと切り捨てられた。哀れなり。
「用があるのはあなたよ、語部君」
あ、そうですか。用があるのは俺ですか。あのー、俺何かやっちゃいました? ‥‥‥すみません、しらばっくれました。ハイ、そうですね。昨日やっちゃってますね。
彼女がそういった瞬間クラスが騒めき、クラス中の視線がこちらに向けられる。その様子を煩わしく思ったのか周囲を見渡すとサッと目は背けられ、クラスは再び沈黙に包まれた。すごい。それに満足したのか再びこちらに顔を向けると、何を思ったのか俺の手を取ってくる。
??? 突然のことに思考が止まる。ひんやりとした彼女の手だけが俺の脳みそを刺激する。
え、ちょっと待って? 女の子の手ってこんなスベスベしてて柔らかいの? これ大丈夫? 何らかの罪に問われない?
「ちょっとこっちまで来てくれる?」
そういわれながら手を引っ張られる。もちろん抵抗なんてできないし、したくもないのでそのまま大人しく教室の外へと連れていかれた。
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