1話 予報外れの雨
はじめまして。
生まれて初めて小説を書きました。
よろしくお願いします。
高校生になって一か月。新しい生活にも次第に慣れ、日々感じていた特別もすっかり日常へと変わってしまった、そんなある日の放課後のことである。
今日も今日とて帰宅部の活動に励もうとしたところ、先生から「いまいいかな?」と声をかけられた。いきなり声をかけられ少し驚いたが、恐る恐る何の用かと聞いてみると「朝にお願いしたことなんだけど」とのこと。
今の今まで頼まれごとをされていたことなんてすっかり忘れていたが、思い返せば確かに碌に聞かずに安請け合いした記憶がある。正直めちゃめちゃ帰りたいが、一度了承してしまった手前、断るのは人としてまずいだろう。それに相手は「先生」という名の権力者。入学してまだ一か月、RPGでいえば「はじまりのまち」でお手伝いクエストをこなしているくらいの序盤も序盤に悪印象を残したくはない。哀れ、俺は「ピカピカの一年生」から「権力の奴隷」へとジョブチェンジしてしまった。
というわけで、頼まれごとなんてすっかり忘れていたことなどおくびにも出さず、さも当然「ああ朝にいってたやつですね。任せてくださいよ」という態度で堂々とドナドナされる。恨むべくは過去の自分である。
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二時間弱ののち、無事解放され帰宅を許された。想像以上の作業量に「こんなこと生徒に頼むなんておかしいですよ」という言葉が何度も喉から出かかったが、一緒に作業している先生の死んだような眼を見てしまったら何も言えなかった。俺だけじゃあなかった。奴もまた権力の奴隷だった‥‥‥。
手伝いのお礼としてジュース1本と一週間後の小テストの過去問を手にいれたはいいが、その代償に日はすっかり傾き、さらには予報外れの雨まで降ってしまっている。
だがこの俺、語部 怜詞に死角はない。置き傘、折り畳み傘は勿論、レインコートまで完備している。これでいつなんどき雨が降っても大丈夫だ。もしもこれら全てが必要になるなんてことがあれば、きっとその日が世界最後の日だろう。
どうしてこんなに用意周到なのかといえば、それも全ておじさんが理由だ。あの人はちょっと過保護で不思議な人なのだが、まあとてもお世話になっているし、実際今日みたいに役に立つこともあるから何も言えない。
だが、いくら傘があるとはいえ雨が降っていることには物申しておきたい。ついさっきまで善行を積んでいたならいいことが起こるはずでは?いくらなんでもこれはおかしい。いや、もしかして善行システムは年金と同じなのか‥‥‥?
そんなくだらないことを考えながら昇降口へ足を運ぶと、そこには雨を前に立ちつくす少女の姿があった。
霜咲 遥。クラスメイトであり、入学当初はいろいろと話題になっていた。容姿端麗。頭脳明晰。オマケに良いとこのお嬢様らしい。だが、彼女の一番の特徴はその立ち振る舞いだろう。
彼女の言葉はどこか冷たさを感じてしまう。直接話してないのに、彼女の言葉を聞くだけでちょっと背筋が凍ってしまうほどには。そうとは知らずに彼女に初めて声をかけたクラスメイトは意識外からの口撃に思わず二度聴きし、丁寧に二度傷ついていた。そんな彼は今ではその偉大な勇気と少なくない同情をもって学年にその名を轟かせている。
ただ彼女のその後の対応も少し問題だった。傷ついた彼に軽く謝罪するなり、もしそうでなくても少しでも申し訳なさそうな顔をするなりすれば多少は印象が改善したかもしれないが、彼女が見せたのはどこか諦めに近いものだけだった。
そういうわけで彼女に心惹かれて話しかけていたクラスメイトも次第に距離をとりはじめた。それでも何人かは諦めずに声をかけ続けたが、彼女は必要最低限のコミュニケーションしかとらないので、それも日に日に少なくなっていく。そんなこんなで、はじめはクラスの人気者であった彼女も、今ではすっかり孤高の女王様として君臨している。
そんな彼女ではあるが、様子を見るにどうやら傘を持っていないらしい。物憂げな表情で雨の降る様子を眺めている。その姿に思わず見惚れていると、ふと振り向いた彼女と目が合った。数舜の沈黙の後、意を決して声をかける。
「雨宿り?」
いきなり声をかけられた彼女は少し驚いた表情を浮かべた後に口を開いた。
「何?」
相変わらずの鋭さである。が、それに怖気付くようなら声なんて掛けずに通り過ぎている。声をかけた勢いのままに言葉を続ける。
「今日って雨降る予報じゃなかったから傘がないのかなって。誰かを待ってるようには見えなかったし」
「‥‥‥ええそうよ」
ぶっきらぼうに彼女が言い放つ。どうやら会話を早く切り上げたいみたいだ。それならとさっそく本題に入る。
「はい、これ」
傘立てから傘を取り彼女へと差し出す。突然の行動に彼女は困惑した様子で「なに?」とつぶやいた。
なにってそりゃあ
「傘だけど」
「それは分かるわ。でもそうじゃなくて」
「ああ安心して。これ俺のだからさ」
傘の持ち手にある目印を見せて「仮パクじゃないよ」と伝えるが、どうやらそういうことじゃないらしい。
「あれ? 傘がなくて困ってたんじゃないの?」
「それはそうだけど。でもそれじゃああなたの傘が」
「ああ、そういうこと。大丈夫、ちゃんと2つあるから」
彼女の言葉に答えながら折り畳み傘を取り出すと、彼女は目を猫のように丸くして驚いた。その様子を意外に思いながらも再度渡そうとすると少しの逡巡の後に受け取った。ミッションコンプリートである。ひそかに達成感に浸っていると、彼女が声をかけてきた。
「あなた、用意がいいのね」
「おじさんのおかげだよ」
「おじさん?」
不思議そうに聞いてくる彼女に対し、変わらず、いや気持ち強くなった気がする雨を指して「それよりも」と口を開く。
「とりあえず帰らない? この様子だとまだまだ強くなりそうだし」
「おじさんついては帰りながら教えるよ」と言いながら靴をはき替えると、彼女も黙ってそれに続いた。
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「ていうわけで傘2本とレインコートを持ってるんだ」
「おかしいわあなた」
事の経緯について彼女に説明したはいいが、結果としてストレートに罵倒されてしまった。悲しい。が、それも尤もである。俺もおかしいと思う。おかしいと思うんだけど、一つだけ弁明させてもらうとすれば、おかしいのは俺だけじゃない。おじさん「も」である。
「いや、おかしいのはおじさんなんだよ。普通こんなに持たせる必要ないじゃん。いや勿論それに従っちゃってる俺もおかしいんだけどさ」
「あの人絶対そういう系の能力持ってるよ」とぼやきながら、「だけど」と言葉を続けて傘を軽く持ち上げる。
「今日もこの通りおじさんのおかげでこうして濡れずに帰れてる。ここまでくるとおかしいを超えて面白いよ。…今思いついたんだけど、これって「おかし」くて「をかし」いってことでは?」
「‥‥‥何を言ってるの?」
我ながらうまいことを言えたと思ったがそんなことはなかったらしい。気を取り直して「そういえば」と続ける。
「ふと気になったんだけど、どうしてあんな時間まで学校にいたの?」
「何しようと私の勝手でしょう」
「そりゃそうだ」
彼女の取り付く島もない返答に同意することしかできず、当然のように会話が終わる。沈黙が空気を支配し、雨音だけが周りに響く。こっちから話を振った手前少し、いやだいぶ気まずい。この空気をどうにかしようと口を開きかけたが、先に彼女が言葉を紡いだ。
「……勉強してたのよ。来週テストがあるから」
「へえ」
真面目だな。
「文句?」
「いや、普通に感心。てっきりそんなことしなくても問題ないと思ってたから」
「何をもって問題ないと判断したのかは知らないけど、問題ないのとやらないのは別よ。それに‥‥‥」
「それに?」
「なんでもないわ。それよりなんで私ばかり話さなくちゃいけないの」
「それもそうだね。じゃあ話してもらったお礼に後でいいものをあげよう」
「いいもの?」
「うん。君の役に絶対立つもの。だけどここじゃ濡れちゃうからどこか雨をしのげる場所じゃないと」
「いらないわ。必要以上に借りを作るのは趣味じゃない」
「借りってほどの事じゃないんだけどなあ」
彼女を見やるとどうやら納得いかないご様子である。彼女もなかなか難儀な性格をしてるらしい。
「これは貸しをつくってやろうとか、そういう損得めいたものじゃない。友達が困ってるから助ける。そういうシンプルな考えだよ」
そういうと彼女は思わずといった様子で口を開いた。
「友達? あなたと私が?」
「嫌だった?」
「‥‥‥いえ、驚いただけ」
「そっか、まあ正直そこは重要じゃない。クラスメイトでも知り合いでもいい。要は目の前に困ってる人がいて、それを見て見ぬふりするのは気分が悪い。それだけだよ」
自分の考えを伝えたがまだ納得はしていないのか難しい顔をしている。ならこっちも彼女の土俵に乗って話をしよう。
「それに貸し借りっていう話ならこっちも借りがある」
「借り?」
「ここまで話に付き合ってくれたこと。あんまり人と話したくないんじゃない?」
図星を指されたのかハッと目を見張ったが、すぐに気を取り直してこちらに尋ねてきた。
「どうしてそう思ったの」
「いつも最低限の受け答えしかしてなかったからかな。笠原とか渡良気とかが話しかけてもすぐ切り上げてたし。あとは雰囲気とか。どことなく話しかけるなってオーラが出てる感じがする」
「そう、結構周りのこと見てるのね」
「臆病なだけだよ。まあ話を戻すけど別に無視してくれてもよかったんだ。でも君はそうしないでちゃんと会話をしてくれた。それが全てだよ」
そう答えると、彼女は一つ息を吐いてから口を開いた。
「そこまで気が付いてるなら話しかけないでほしかったわ」
「それはゴメン。本当はそうしたほうが良かったかなって思ったんだけど、君との会話が楽しかったからそれに甘えちゃった」
「楽しかった? 私のと会話が?」
「うん。楽しかった。でも君に無理をさせたみたいだからこれは君への借りになる。で、君が言うに俺には君への貸しが一つあるらしい。ならその貸しとこの借りでお相子、貸し借りはなし。どうかな」
「無理をしてるというわけではないけど」
そう口にした彼女はまだ納得いかないのか首を傾げている。その様子を見て「それなら」と言葉を重ねる。
「どうしても納得できないっていうなら、いつか俺が困ってる時に助けてよ」
「あなたを?」
「そう、1回だけでいいからさ」
ただ口に出してからあることに気が付く。
「でもそっか。期限がないのは問題か‥‥‥」
「んー」と悩んでとりあえずの答えを出す。
「なら期限は卒業するまで。それでどうかな?」
「理由は?」
「卒業した後に俺から「助けて」って言われても怖いでしょ」
「それじゃあ詐欺みたいだ」と冗談めかして言うと彼女はクスクスと笑った。
「確かに。それは怖いわ」
「でしょ。だから卒業するまで。どうかな?」
そんなことを話していると最寄り駅にたどり着いた。彼女に「電車?」と尋ねると「ええ」と答えが返ってくる。どうやらここでお別れらしい。彼女にサヨナラを言おうとしてふと大事なことを思い出す。
「そうだ、これ渡すの忘れてた」
そういってカバンからプリントを取り出し、彼女へと差し出す。
「これは?」
「小テの過去問。先生の手伝いしたらもらったんだ」
「これはあなたがもらったものじゃ」
「うん俺の。ならどう使おうと俺の勝手でしょ」
「でもどうして私に」
「テスト勉強してたんでしょ? なら君が持ってた方がいい。それに頑張ってる子にはご褒美を。常識だろう?」
「‥‥‥あなたにいわれる筋合いはないわ」
「まあまあそう言わずに、ほら」
「たぶん自分は使わないし」といいながら半ば強引にプリントを押し付けると、彼女は渋々ながらそれを受け取った。
「それにどうやら善行が足りないみたいだからこういったところで稼がないと」
雨空を指差しておどけてみせる。が、「どういうこと?」と不思議そうに返された。
「いや、日頃の行いが良ければ雨なんて降らなかったのかなって」
おどけながらいうと、彼女は少し考えてから口を開いた。
「‥‥‥なら私は日頃の行いが良かったのかも」
「どうして?」
彼女が話に乗ってきたことに驚いて聞き返すと、真っ直ぐに、それでいていつもよりも少し柔らかに言葉を紡いだ。
「あなたが傘を貸してくれたから。もしあなたがいなかったら私はあのまま雨が止むのを待ってたかもしれないわ。でもあなたがあそこで声をかけてくれたから、傘を貸してくれたからこうして帰れてる」
「私にはいいことがあったから」という彼女の雰囲気が普段のものとは違ってみえて思わず惚けてしまう。どことなく恥ずかしさを感じたから、それを紛らわそうとしてつい余計なことを口にする。
「前言撤回。どうやら俺もよかったらしい」
「あら、どうして?」
どうしてと言われれば君と話せたからなんだが、本人を前にそれを口にするのは結構ハードルが高い。
無視してくれてもよかったのになんでこんな時に限ってと彼女の様子を窺うと「どうしたの」と首を傾げられる。いやよく見ると口元が少し緩んでいる。どうやら確信的犯行であるらしい。一度口に出して、しかもそれをつつかれてしまった以上ごまかすのは難しいだろう。ならここは観念して正直に答えるしかない。
「君とこうして話せたから。前から仲良くはなりたいとは思ってたけどクラスだと話しかけないでほしそうだったからそんな機会もなかったし」
「だけど」と言葉を続ける。
「今日、思いがけないチャンスが巡ってきた。先生の手伝いをして帰るのが遅くなって、オマケに予報にない雨も降ってる。最悪だって思ったけど、雨宿りしてる君がいてちょっと変わった。君は傘を持ってなくて、都合のいいことに俺は傘を持ってる。仲良くなりたい相手が困ってて、それを解決する手段があるんだ。ならやることは一つしかないだろ? 勇気を出して君に話しかけて、ちゃんと助けられて、その流れでこうして話せたから。うん、やっぱりよかった。そう思うよ」
一息で答えた後にやっぱり恥ずかしくなって「今のナシ!ノーカン!」と喚いたが、そんな俺の様子を尻目にからかうように言葉をかけてきた。
「薄々思ってはいたけど、あなたナンパね」
「言わせておいてそれはひどくない? 正直に答えただけなのに」
「なら尚のことよ。でも気に障ったなら謝るわ」
申し訳なさそうな彼女の言葉に慌てて「気にしないで」と返すとそこで会話が終わる。どうやら別れるにはちょうどいいタイミングらしい。「さて」と声をあげる。
「俺はこのまま歩きだからここでお別れかな」
「そう。この傘は」
「そのまま使ってよ。まだ必要でしょ」
「ならお言葉に甘えるわ」
「それじゃあ」と改札へと向かう彼女に軽く手を振る。
「バイバイ。また明日」
そんな俺に彼女もまた小さく手を降り返す。
改札へ向かう彼女を見送ってから帰路につく。体は周りの人々と同じように足早に家へと向かっているのに、心はどこか上の空。彼女のことが頭から離れない。どうやら本格的にやられてしまったかもしれない。
「明日もまた‥‥‥」
不意に口からこぼれた言葉は形にならず、雨に混ざってアスファルトを跳ねた。
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「おねーちゃーん。迎えにきたよー」
「大丈夫っていったのに」
「いやでーす。おねーちゃん強がりだし。ってあれ?傘あるじゃん。どしたのそれ?」
「だから言ったじゃない」
「え、何?誰の?」
「クラスメイトよ」
「へ~、その傘の色、大きさからして男の子だね」
「‥‥‥そうよ」
「そっかあ、おねーちゃんにも春が来たかぁ」
「‥‥‥」
「え、うそ!?」
「置いてくわよ」
「あっちょっと待って」
「誰のせいだと」
「わー、ごめんごめん」
「わかればいいわ」
「は~い」
「‥‥‥彼方」
「ん、何?」
「ありがとう」
「んふふ。当然!」
最後までお読みいただきありがとうございます。




