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9 激突、あるいは羞恥心を燃料とした人間騎馬戦

 ズズズズズと迫りくる壁が停止し突如として床が抜けた。俺たち三人は団子状態のまま暗闇の底へと落下した。


「うわっ!」

「私の身体に触れる面積をこれ以上増やすなと言っているのです!」

「マスター、素晴らしいクッション性ですわ。着地成功率は98%です」


 ドサッ!


 と――俺を一番下にして三人は広大な空間に投げ出された。そこは古代の闘技場のような場所だった。そして中央には――


「グォォォォォオオオオオ!」


 全身が鈍銀色に輝く巨大なミスリルゴーレムが鎮座していた。身長は軽く十メートルを超えている。


『はい、どーもーっ! ルナちゃんねる、ここからはメインイベント! VS迷宮の番人カチカチゴーレムさんをお送りしまーす! パチパチパチ!』


 上空でカメラドローンを従えたルナが楽しそうに実況を始める。


「ちっ……あの騒がしい女神が用意した舞台装置ですか? 興が削がれますが――あの鉄屑を解体しなければ先に進めないようですね」


 アイリスが俺の上から退くと(その際、わざと俺の腹を踏みつけた気がする)魔剣を抜き放った。その刀身がゴーレムの放つ魔力光を反射してギラリと輝く。


「いいでしょう……先ほどの壁プレスで蓄積された私の不快指数を、すべてあの鉄塊にぶつけて差し上げます――神速!」


 アイリスの身体がブレた。彼女が本気を出した時の速度は俺の目には捉えられない。一瞬でゴーレムの懐に飛び込み――その核を両断するはずだった。


 ガィィィィィンッ!


 金属音とともにアイリスの身体が不自然に後方へ引っ張られた。


「なっ!」


 原因は俺の首輪から伸びるリードだ。アイリスが一メートル以上離れようとした瞬間、物理的な限界距離が彼女の動きを強制的に停止させたのだ。


「この……忌々しい鎖が!」


 アイリスが体勢を崩した隙を見逃さず、ゴーレムの巨大な拳が振り下ろされる。彼女は舌打ちしながら、どうにかバックステップで回避した。


「くっ! 貴方がそこに棒立ちしているせいで私の剣技が発揮できません! 少しは私の動きに合わせて走りなさい!」


「無理だよ! アイリスの速度は時速何百キロ出てると思ってるんだ? 俺が付いていけるわけないだろ!」


『あーっと! ここでまさかの絆のリードが足枷に! 最強剣士、自由に動けませーん! 視聴者からは「カイト君がんばれ」「足手まとい乙」のコメントが殺到中!』


 ルナの煽り実況が響く中、エナが冷静に眼鏡の位置を直した。


「状況を分析。マスターの身体能力ではアイリス氏の戦闘機動に追従することは不可能です。このままではジリ貧で全滅する確率が99.8%と算出されました」


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」

「解決策を提案します。フォーメーション――人間戦車ヒューマン・チャリオット

「は?」


 エナが淡々と説明を始めた。その内容は耳を疑うようなものだった。


 要するに俺とエナが土台となり、アイリスを肩車のように担ぎ上げる。そして俺たちがアイリスの足となって走り回り、アイリスは上で剣を振るうことに専念する。


 つまり騎馬戦だ。


「却下です! なぜ私が貴方たちのような不純物どもに担がれて、神輿のように戦わねばならないのですか! そのような醜態を晒すくらいなら、ここでゴーレムに踏み潰された方がマシです!」


 アイリスが顔を真っ赤にして拒絶する。当然だ。プライドの高い彼女がそんな格好を許すはずがない。しかしゴーレムは待ってくれない。再び巨大な足が俺たちを踏み潰そうと迫る。


「アイリスさん、背に腹は代えられません! マスター、右肩を!」

「わ、わかった!」


 俺とエナは嫌がるアイリスの足を強引に掴み、組み上げた腕の土台に入れて、一気に持ち上げそれぞれの肩に乗せた。


「ちょ、離しなさい! この無礼者! 万死に値しますわ!」

「エナ、重い! これ走るの無理!」

「絶対に殺す!」


 アイリスの声から高純度の殺意を感じる。

 どっちみち俺、助からないじゃん。


「問題ありません。補助魔法連続発動――重量相殺ゼロ・グラビティ身体能力強化フィジカル・ブースト! マスター、全力疾走です!」


 エナの魔法によりアイリスの体重と重い鎧が羽のように軽くなり、俺の足には競走馬みたいな爆発的な力が漲った。


「うおおおおお! 走れえええええっ!」


 俺とエナはアイリスを乗せたまま猛スピードで駆け出した。


『な、なんだあれはーっ! まさかの騎馬戦スタイル! 新しい! 斬新過ぎる! スクショの準備はいいか神々!』


「殺す……ルナ……絶対に殺す。下の二人も後で覚悟していなさい」


 アイリスは俺たちの肩の上で、屈辱に震えながらも魔剣を構えた。しかし騎馬戦の効果は絶大だった。俺たちの足がアイリスの機動力となり、リードの制限を気にせず、彼女は自由に剣を振るうことができる。


「右です、マスターッ!」

「了解!」


 エナのナビゲートで俺たちが右に急旋回すると、アイリスの魔剣がゴーレムの脇腹を深々と切り裂いた。


「この……私が……このような屈辱的な姿を全宇宙に晒しながら……鉄屑相手に遅れを取るなど……ありえません」


 アイリスの怒りが頂点に達した時、彼女の魔剣が禍々しいほどの紅い光を放ち始めた。


「そのまま突っ込みなさい! 踏み台にして跳びます!」

「りょ、了解! いけえええええっ!」


 俺たちはゴーレムの正面に向かって全力で突撃した。衝突寸前、アイリスが俺たちの肩を強く蹴って跳躍する。


 リードが限界まで伸び切りピンと張る。その張力すら利用して彼女は空中で身体を捻った。


「――我が屈辱を知るがいい!」


 アイリスが放ったのはこれまでの鬱憤と羞恥心、そして女神への殺意がすべて込められた渾身の一撃だった。


「秘剣――『絶界・断罪輪舞』!」


 紅い閃光が渦を巻いてゴーレムを飲み込んだ。ミスリルの装甲が紙のように斬り裂かれ、轟音とともに巨体が崩れ落ちていく。


『すっごーい! アイリスちゃん、怒りのスーパーフィニッシュ! 視聴者数、ついに100万人突破だよ!』


 砂煙が舞う中、アイリスが音もなく着地した。ゆっくりと剣を納めるとゴーレムの残骸には目もくれず、虚空に浮かぶカメラドローンを睨みつけた。その瞳はどんな魔物よりも恐ろしい光を宿していた。


「ルナ……この配信のアーカイブが残っていたら天界のサーバーがどうなるか……理解していますね?」


 アイリスは疲労困憊で座り込む俺とエナの方を向き氷点下の微笑を浮かべた。


「さて、私の足として働いた駄馬たち。騎乗の心地は最悪でした。その責任をどう取ってもらいましょうか?」


 俺の命の危機は――むしろここからが本番だった。

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