8 迷宮、あるいは全宇宙公開の羞恥プレイ
忘却の廃寺院――かつて高名な聖職者たちが修行に励んだとされるその場所は、今や湿った苔とカビの臭いが立ち込める不気味な地下迷宮へと成り下がっていた。
「暗い、狭い、不潔。三拍子揃った素晴らしい掃き溜めですね。貴方の人生のゴール地点としては、これ以上なくお似合いの場所だと思いませんか?」
アイリスが一メートル隣で魔剣の柄に手をかけたまま冷たく吐き捨てる。狭い通路を進む度に肩や腰が俺に当たる。その度に物理的な殺気が氷の粒となって舞い散っていた。
「俺の人生のゴールを勝手に廃寺院にしないでくれ。ほら、エナもあんまり寄りかからないで……足元が滑るからさ」
「問題ありません、マスター。もし滑ったとしても私が演算した最も密着度の高い角度で受け止めてあげます。ふふ、暗闇の迷宮で鎖に繋がれた三人。これはもはや愛の共同作業と言っても過言ではありませんね」
「演算に私の抹殺予定時間は含まれていますか? ガラクタ」
バチバチと火花を散らす二人を宥めながら、俺が重い一歩を踏み出したその時である。
「はーい! 全宇宙の神々のみなさーん! お待たせしました、ルナちゃんねる、ライブ配信スタートだよーっ!」
突如、迷宮の暗闇を切り裂くような爆音のBGMとともにルナが目の前に現れた。周囲にはハエのように飛び回る無数の『自律飛行型魔法カメラ(通称:浮遊くん)』が浮いている。
「なんですか……その騒がしい発光体は? 今すぐこの迷宮ごと貴方の口の中に押し込んで差し上げましょうか?」
「あはは! アイリスちゃん、相変わらず乗りがいいねーっ! 今の台詞で視聴者数10万人突破だよ! はい、これ今の天界トレンドね!」
ルナが空中に投影したウィンドウには『#不運なカイト君』『#最強毒舌剣士の鎖プレイ』『#眼鏡魔導師の粘着愛』といったハッシュタグが並び、猛烈な勢いでコメントが流れていた。
『カイト君の胃の穴、直径何センチ?』『アイリス様の罵倒で飯が三杯食える』『エナちゃん、もっとぐいぐい行け!』
「勝手に配信するなよ……というか神様たち暇過ぎだろ!」
「神様は永遠の命があるから基本暇なんだよ! さあ、ここで最初の『視聴者アンケート』いってみよーっ!
【問:攻略中の三人にどんなハプニングが起きてほしい?】
1.床がオイルでヌルヌルになる。
2.壁が迫ってきて――もっと密着せざるを得なくなる。
3.突然の強風で服が……おっと……これはR18かな★」
「ルナ……三秒待ちます。そのウィンドウを消去しなさい。さもなければ貴方の無敵モードとやらが、私の絶望的な執念に耐えられるか実験を開始します」
アイリスの瞳が紅く輝き魔剣がガチリと音を立てる。だが――無情にもアンケートの結果は一瞬で出た。
「おめでとーっ! 圧倒的多数で『2:壁が迫ってくる』に決定! さすが神様たち、わかってるねーっ!」
「は? ちょっと待っ――」
ズズズズズ! ルナが指を鳴らした瞬間、通路の両側の壁が猛烈な勢いで内側に迫ってきた。
「きゃっ! マスター、危ないです」
エナが俺の正面から抱きつくように飛び込んできて、背後からはアイリスが、壁に押される形で俺の背中に押し付けられる。
「動かないでください。少しでも動けばその不浄な背骨を私の肘で粉砕しますわ!」
「おいおい、無茶言うなよ! 壁が迫ってきてるんだって!」
結果として俺はアイリスとエナに前後から挟まれ、文字通りのサンドイッチ状態になった。アイリスの柔らかい――けれど鍛え抜かれた身体の感触。エナの甘い香りと眼鏡越しに至近距離で向けられる熱い視線。
『きたあああああ!』
『ルナ、ナイス権限発動!』
『カイト君、今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?』
コメント欄が爆速で流れていく中、ルナが満面の笑みでマイクを俺に向ける。
「さあカイト君! この絶体絶命な状況について、全国のファンに熱い感想をどうぞ!」
「……女神……いや、クソ女神。俺がこの迷宮を抜けたら、最初にすることを決めたよ」
「え、なになに? 感謝のスパチャ?」
「お前の公式アカウントの炎上だ!」
俺の絶叫とともに迷宮の壁はさらに三人の距離をゼロへと追い込んでいく。最強の剣士の殺気混じりの吐息が首筋にかかり、魔導師が「これは不可抗力です」と呟きながら俺の服を掴む。
俺の異世界転生は担当女神がルナになっていた時点で失敗していたらしい。目的地に辿り着く前に精神と羞恥心は全神々に晒されて粉々に砕け散ろうとしていた。




