6 饗宴、あるいは密着したままの宣戦布告
街で評判の酒場『荒れ狂う猪亭』の入り口で、俺は人生最大級の視線と殺意を浴びていた。 右には顔を真っ赤にして魔剣を握り締める銀髪の絶世美少女アイリス。左には幸せそうに俺の腕を抱きつき熱い吐息を吹きかけてくる眼鏡の魔導師エナ。俺の手には二人の首輪と繋がった光るリード――
「見ろよ……あの野郎。両手に花どころか鎖で繋いで連れ回してやがる」
「とんでもねえ趣味だな……あの美少女たちの顔を見てみろよ。一方は殺す気満々で一方は蕩けてやがるぜ」
「…………」
アイリスが地獄の最下層から響くような低い声で囁いた。
「今すぐその汚らしい耳を塞ぎなさい。そして――あそこのテーブルで酒を飲んでいる不純物どもの喉を一突きにする許可を出しなさい。さもなければリードごと貴方を街の時計塔に吊るし上げますわ」
「許可できるわけないだろ! それに今の状況で時計塔に俺を吊るすと三人まとめて晒し者だぞ。とにかく我慢してくれ、一番奥の目立たない席に行くから!」
「私はどこでも構いませんよ。だって今はこの一メートルの絶対領域の中、マスターは常に私のものだもの」
「黙りなさいガラクタ。貴方の甘ったるい魔力が肌に触れて、私の細胞が拒絶反応を起こしています。不快過ぎて今ならドラゴンを素手で引き裂けそうですわ」
二人に挟まれて俺は蟹歩きのような不自然な動きで奥のテーブルへ滑り込んだ。座る際も大変だ。俺が真ん中、二人が両側。テーブルの下では足がぶつかり上では肘が当たる。
「アイリス、ちょっと肘を引いてくれ。食べられない」
「注文をつけないでください。私の肘が貴方の脇腹を突いているのは、死へのカウントダウンだと理解しなさい。むしろ私の聖なる肘が触れていることに感謝して、その場で光合成でもして食事を済ませたらどうですか?」
「無理だよ! それに光合成なんてしたら酸素を生む出す優良物件になってしまうだろうが!」
「罵られ過ぎて思考がおかしくなっているわよ。悩むところそこではないでしょう?」
久しぶりにアイリスの正論を聞いた気がする。
確かに俺の思考が混乱しているのは間違いないだろう。
「おいエナ、そんなに密着したらフォークが持てない」
「問題ありません。私が『あーん』してあげます。ほら、この高たんぱくなミートパイを食べて私との愛を深めましょう?」
「高たんぱくと愛に関係性はあるのか?」
突っ込みにも切れがない。
「エナ……ミートパイごと貴方の顔面をテーブルに埋没させましょうか?」
食事どころではない。俺の胃は空腹よりもストレスで悲鳴を上げていた。この密着呪いを解かない限り俺の安眠も安寧も永久に失われる。
「くう……もう限界だ。おい、女神ルナ! 出て来い! せめて返事しろ!」
俺が虚空に向かって叫ぶと再び『ピコンッ!』というあの軽薄な音が響いた。
『ハローハロー! 呼び出した? 絆の連結、楽しんでるみたいだね! 今の三人の心拍数、モニターで見てるけど超エキサイティングだよ!』
ウィンドウに現れた女神のアイコンはポップコーンを食べている。
「今すぐこの奴隷の首輪を解除しなさい」
アイリスがテーブルを指先でトントンと叩きながら極めて静かに言った。その指が触れた木材には斬り傷が刻まれている。
「もし解除しないなら私はこの世界にある貴方の神殿を一つ残らず更地にし、最後には天界の門を魔剣で叩き割って、そのポップコーンを貴方の鼻の穴に詰め込みに行きますわ」
『ひっ! アイリスちゃん、相変わらず怖いよ? でも無理なんだってば! 前にも言ったけど真実の愛が証明されないと外れない呪いなの!』
「真実の愛――ですか?」
エナが眼鏡をきらりと光らせた。
「それはつまり私がマスターと肉体的に完全に融合すれば解決するということでしょうか? マスター、今夜の宿は――」
「違う! 絶対にそういう方向の解決策じゃないから!」
『あ、でもね! 一つだけヒントあげる! この街の地下にある忘却の廃寺院に、あらゆる契約を無効化する解呪の聖杯があるらしいよ。そこに行けばワンチャンあるかも?』
「ワンチャンって……最初からそれを言えよ!」
『あはは、ごめんごめん! じゃあ、クエスト受注おめでとう! 頑張ってねー、仲良し三人組さん★』
女神は一方的にチャットを閉じてウィンドウが消滅した。
「地下寺院ですか……いいでしょう。その聖杯とやらを叩き割り、この忌々しい鎖を解いた暁には――」
アイリスが俺の耳元で冷たい吐息とともに告げた。
「貴方を再教育して差し上げます。覚悟しておきなさい、エラー物質」
「マスター、大丈夫です。寺院までの道中、私が全力でガードしてあげますからね」
二人の殺気と熱気に挟まれ、俺は残ったミートパイを口に放り込んだ。味がしない。
「とりあえず、明日から地下寺院攻略だな。店主さん、一番強い胃薬を追加で!」




