5 供儀、あるいは神の余計な差し金
街で一番の賑わいを見せる大通り――その一角にある武具店『鉄と絹の揺り籠亭』に俺たちはいた。店内に並ぶ鋭い剣や重厚な鎧。それらを眺めながら俺の左右に立つ劇薬たちが火花を散らしている。
「なぜ貴方はそんなまな板のような無防備な格好で平然としていられるのですか? 貴方が通り魔に刺されて絶命した際、隣にいる私の審美眼まで疑われる身にもなってください」
アイリスが陳列された真っ赤なフルプレートメイルを指差して冷たく言い放つ。
「この重さ五十キロはある鎧を着なさい。重過ぎて歩けなくなるでしょうが、少なくともその軟弱な心臓が外部に露出しているよりは安全です。亀のように一生を甲羅の中で過ごすのが貴方にはお似合いですわ」
「いや、五十キロの鎧なんて着たら俺その場で圧死するからね?」
「そのときは涙で見送るわ」
「助けろよ!」
「マスター、使い魔さんの提案はあまりにも非現実的です」
すかさずエナが俺の腕をぎゅっと抱き締めながら割り込んできた。
「マスターには私の魔力を通しやすい特注のシルクローブを推奨します。これを着ていただければ補助魔法の効果が200パーセントアップするんですよ。ついでに私の好みのデザイン――胸元が大きく開いた紐締めのスタイルに変更しておきました!」
「それ、ただのセクシー衣装だよね? 防御力ゼロだよね!」
「いいえ、私が守るから防御力は無限大です。それともあの使い魔さんが勧める歩く鉄屑になりたいんですか?」
「誰が使い魔ですか……このガラクタ。その布切れを纏うというのなら今すぐその布ごと貴方を細切れにして新しい雑巾に作り変えて差し上げますわ」
店主の親父さんが奥でガタガタ震えている。俺も震えている。その時だった。
ピコンッ!
脳内にどこかで聞いたことのある軽薄で能天気な通知音が響き渡った。
『おっつかれさまでーす! 皆さんの女神、ルナちゃんでーす! 転生ライフ満喫してるかなー?』
視界の端にスマートフォンの画面のような半透明のウィンドウが出現した。
「女神……なんだ……このチャット画面みたいなのは?」
「マスター、空中に変なゴミが浮いています」
「不快ですね。この波動……あの無能な光り輝く物体のものですわ」
どうやらアイリスとエナにも見えているらしい。ウィンドウにはウザいほどキラキラした絵文字付きのメッセージが流れていく。
【アフターケア・チャット】
『せっかくSSRとSR引いたのに、本人のステータスがミジンコレベルなの、さすがに女神として見過ごせなくて(笑)。というわけでボーナスパック送っといたよ! 装備してみてね! あ、ちなみにアイリスちゃんとエナちゃん、仲良くしてるー? 喧嘩は駄目だよっ★』
ポーンという音と共に俺の目の前に一つの小さな箱が転がり落ちた。
「ボーナスパック? 助かるけどあの女神のことだ……まともな物じゃ……ないよな?」
俺が恐る恐る箱を開けると中に入っていたのは――一対の首輪とリードだった。いや、正確には宝石があしらわれた豪華なアクセサリーだが……どう見ても用途がそれだ。
【アイテム:絆の強制連結】
『装備者と仲間の距離が一メートル以上離れると仲間に強烈な電撃が走るよ! 仲良し強制ギミック! 頑張ってね!』
「……………………」
「……………………」
「……………………」
店内をこの世の終わりのような沈黙が支配した。
「今すぐ、その神の悪意の結晶を破壊しなさい。さもなければ、その首輪を付ける前に貴方の首を物理的に切断して自由にして差し上げます」
アイリスの魔剣が音もなく鞘から数センチ浮き上がる。その殺気は店の石壁にヒビを入れるほどだ。
「女神の趣味、ちょっと深過ぎませんか? 私としてはマスターと常に密着できるのは嬉しいですが……さすがにこれでは散歩中のペットと飼い主……いえ、奴隷と主人です」
エナも引きつった笑顔で眼鏡をくいっと直す。
『あ、言い忘れてた! それ、一回装備したら真実の愛が証明されるまで外れないからね! ちなみにプレゼントの返品不可だよ! バイバーイ!』
チャットが一方的に閉じられる。
床に落ちていた首輪が勝手に跳ね上がり、吸い寄せられるように俺の首と、アイリスの首、そしてエナの首へと装着されてしまった。
カチャリ!
冷たい金属の感触。俺の手元には二本の光り輝くリードが握られていた。
「…………」
俺は震える手でそのリードを握り締める。目の前には首輪を付けられ屈辱と怒りで顔を真っ赤(あるいは真っ青)に染めた二人の少女がいた。
「三秒……三秒だけ待ちます。遺言を言いなさい。その後、貴方の存在をこの宇宙の法則から抹消します」
「マスターのことは大好きなのですが……さすがにこのプレイは許容範囲を超えています」
「違うんだ! 女神が勝手に! 返品不可って言ってたし!」
俺が慌てて一歩下がった瞬間。
「――――っ!」
「ぎにゃあああああ!」
一メートル以上の距離が開いたため、アイリスとエナの身体に強烈な仲良し電撃が走ったらしい。二人は膝をつき情けない声を漏らして俺の方へと引き寄せられる。
結果として。
俺を中心にアイリスとエナが左右から俺の身体に密着して押し付けられる形になった。
「はぁ……はぁ……殺す。絶対に殺す……まずはあの女神を……次にあなたを……ね」
「あう……マスター……近いです。嬉しいですけど……これもう……物理的に離れられない呪いじゃないですか?」
二人に挟まれ至近距離で浴びせられる罵倒と吐息。
「あの、店主さん。とりあえず一番軽くて頑丈な服を……あと俺に強力な胃薬をください」
装備を整えるはずが文字通り一蓮托生の鎖で結ばれることになった俺は――さらなる地獄の幕が上がるのを覚悟するしかなかった。




