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4 再会、あるいは二つ目の劇薬

 ギルドの奥座敷。そこは冒険者たちの喧騒が届かない静謐な空間だった。依頼主である古代遺物商の老人は震える手で机の上に置かれたそれを指し示した。


「これだ。物理的な破壊は一切受け付けず、高位の解呪魔法すら弾き返す。開けようとした者が逆に呪い殺された例もある最悪の遺物――箱庭の檻じゃ」


 机の上に鎮座していたのは鈍い黒光りを放つ立方体。装飾の一つもない不気味な鉄の塊のようだった。だが俺が近づくと表面に不思議な光の模様が浮かび上がる。


「やめておきなさい。そのような薄汚れた鉄屑に触れて、貴方の指が腐り落ちでもしたら、私の視界に入る不快なものが増えるだけです」


 アイリスは俺の背後で腕を組み、退屈そうに冷たい視線を箱に向けていた。


「大丈夫だよ、アイリス。これ、たぶんただの箱じゃない。俺にはわかるんだ」


 俺がこの箱を見た瞬間、脳内にあのファンファーレの残響が聞こえた。これは呪いの遺物などではない。この世界に存在する仲間を召喚するための筐体なのだ。

 俺はゆっくりと箱の天面に手を置く。


 全運命を賭けた召喚の余韻。俺の幸運、ここで全部注ぎ込む!

 瞬間、黒い立方体が激しく脈動して隙間から虹色の閃光が溢れ出した。


「なっ、なんじゃ? 伝説の解呪でもびくともしなかった箱が!」


「この光、不快ですね。まるで誰かの執念が具現化したような――」


 アイリスが魔剣の柄に手をかけて警戒を強める。やがて箱は光の粒子となって霧散し、その中心から新たな存在が姿を現した。


 整えられた艶やかな黒髪のボブカット。知性を感じさせる黒縁の眼鏡。身に纏うのは深い紺色の魔導衣だ。ゆっくりと目を開け眼鏡の奥の瞳で周囲を見回し――そして俺と目が合った。


 その瞬間だった。


「――まあ!」


 ぱぁっと花が咲いたように少女の顔が輝いた。眼鏡を直すのも忘れて小鳥のような軽やかなステップで俺の懐に飛び込んできた。


「え、うわっ!」


「見つけました! やっとやっとお会いできました、私の運命のマスターッ!」


 俺の腕にぎゅっとしがみつくと頬を擦り寄せてきた。柔らかい感触と甘い花の香りが鼻孔をくすぐる。


「えーっと……君は?」


「私はエナ! 魔導師です! この暗く冷たい箱の中でずっとずっと、あなたのような素敵な方が迎えに来てくださるのを待っていました!」


 エナは潤んだ瞳で俺を見上げ――うっとりとした声を出す。


「ああ、近くで見るとますます素敵。その頼りなげな瞳、守ってあげたくなるような貧弱なステータス……最高です! 私の魔法で一生かけて甘やかしてあげますよ!」


「え、いや、貧弱って……ありがとう?」

「お礼なんて! 当然の権利ですよ! さあマスター、まずは疲労回復のハグを――」


 ――ゴォォォォォオッ!


 突如として室内の気温が氷点下まで下がったような錯覚に陥った。いや、錯覚ではない。物理的な重圧感が俺の背後から発生している。


「おい」


 地獄の底から響くような低く冷徹な声。アイリスが能面のような無表情で、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。その手はすでに魔剣の柄にかかっている。


「その腕にへばりついている軟体動物はなんですか? 説明しなさい。今すぐ納得のいく答えを用意しなければ、その腕ごと切り落として、二度と誰とも抱擁できない身体にするわ」


「ひいっ! アイリス、待ってくれ! こいつは筐体から召喚された仲間なんだって!」


「仲間? 私が認めるのは私自身のみ。それに先ほどから不快な密着行為をやめなさいと言っているのが聞こえませんか?」


 アイリスの殺気は――もはや隠すつもりすらない。しかしエナは怯えるどころか、きょとんとした顔でアイリスを見た。


「あれ、マスターの使い魔さんでしたか?」


 ぴきりとアイリスの額に青筋が浮かぶ音が聞こえた気がする。


「つ、使い魔?」


「ええ。マスターのような素晴らしい方にお仕えできるなんて、それ以外の関係性は考えられません。でも……ごめんなさいね? 今日からは私がマスターの一番近くにいますから。使い魔さんは少し離れたところで吠えていてください」


 エナはにこにこと満面の笑みで言い放った。その笑顔の裏にはアイリスに負けず劣らずの毒が潜んでいるように見えた。


「ふふ……面白い。その減らず口、二度と開けないように溶接して差し上げましょうか?」


「あら怖い。マスター、助けてください。この使い魔さん、躾がなっていないようです」


 エナはさらに強く俺に抱きつき、アイリスを挑発するように見つめ返す。


 俺は悟った。

 この世界のガチャ――ろくな奴が出ない。


「このガラクタを連れて行くことを許可します」

「えっ、いいのか! さっきまで殺す気満々だったのに?」


「ええ。ただし――もし旅の途中でこの女が少しでも貴方の所有権を主張するような真似をしたら……その時は二人まとめて私の芸術的な剣技の錆になってもらいます。理解しましたかエラー物質?」


「わかりません」

「ふふっ、望むところです。使い魔さん」


 バチバチと火花が散る音が聞こえる。とりあえず俺の意思なんて関係ないことは理解した。この世界に胃薬ってあるのかな?

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