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12 神速の意地、あるいは死神との命懸けの遊戯

 黄金都ルクスの空気は、もはや甘い香油の匂いなどしなかった。アイリスの放つ苛烈な殺気と、死神ノエルが振りまく冷徹な魔力が衝突し、大理石の床が悲鳴を上げて砕け散る。


「ほう。私の鎌をその程度の鉄屑で受け止めるつもりですか?」


 ノエルが淡々と告げて巨大な鎌を横一文字に薙ぐ。それは単なる物理的な斬撃ではない。刃が通った軌跡の空間そのものを消去する、ウルトラレア特有の権能【概念抹消】だ。


「鉄屑と言いましたか……面白い。貴方のその安いブリキの玩具ごと、存在意義を否定して差し上げましょう」


 アイリスが不敵に――そして氷のように冷たく微笑む。彼女は正面から鎌を受けない。刃が触れる直前、神速の踏み込みで死角へ回り込み、魔剣の切っ先でノエルの首筋を正確に狙う。


「無駄です。私の周囲一メートルはすでに存在しない領域――」

「それはどうでしょうか?」


 ガキィィィィィィィィィィン!


 ノエルの無敵圏にアイリスの剣が突き刺さった。概念を消去する闇をアイリスの純粋な意志と練度が力尽くで押し通したのだ。


「なっ! 数値上の攻撃力は私の方が圧倒的に上のはず?」


「計算式に頼っているから格下の私に懐を許すのです。私はSSR――この世界の理において完成された最強。後から追加された付け焼き刃のレアリティなどに、私のプライドが屈するはずがないでしょう!」


 アイリスの猛攻が始まる。一秒間に数十回の超高速刺突。ノエルの銀色の瞳に初めて困惑というノイズが走った。


「演算が追いつかない。アイリス、個体性能にバグを確認。修正不能」


 二人の戦いが激化するにつれ背後のカジノ・ロワイヤルの建物に亀裂が入り始めた。このままではマスターキーごと瓦礫に埋もれてしまう。


『はーい、ストップストップ! 喧嘩はおしまい』


 ルナがパチンと指を鳴らすと、二人の間に透明な壁が出現した。


『このままじゃ、世界を救う鍵が壊れちゃうよ! せっかくの黄金都なんだからさ、決着はこの街のルールでつけようよ!』


「街の……ルール?」


 アイリスが不機嫌そうに剣を引く。ノエルもまた無機質に鎌を下ろした。


「了解、力尽くでの排除は非効率。あなたたちに提案します。私と命を賭けた『デス・ポーカー』をしませんか? あなたたちが勝てばマスターキーを譲渡します」


 カジノの最上階。シャンデリアの光が不気味に反射するテーブルで俺とノエルは向かい合った。ルールはシンプル。カードを交換して役を作るポーカーだが、チップとして賭けるのはそれぞれのステータスだ。負ければ俺の幸運もアイリスの剣技もすべてノエルに奪われる。


「私の手札、最適解。あなたに勝ち目はありません」


 ディーラーは表情一つ変えず淡々とカードを配る。俺の手札は最悪だ。役すらないブタ。


「ノエルの視線を解析しましたが、彼女はイカサマをしていません。純粋にカードの並びを操作する確率固定の権能を使っています。このままでは勝率0.01%未満です」


 エナが俺の耳元で絶望的な数値を囁く。


「ふん、なにを震えているのです」


 背後に立つアイリスが俺の肩を強く掴んだ。その手は驚くほど温かかった。


「相手は死神。ですが貴方の後ろに立っているのは誰だと思っているのですか? 貴方の不運など私の殺圧でねじ伏せてあげます。さあ、その汚らしいカードを出しなさい。負けたらその場で貴方の心臓を私が精算して差し上げますわ」


 アイリスの言葉は罵倒に近いが不思議と勇気が湧いてくる。俺は震える指で全カードを伏せた。


「オールインだ、ノエル。俺のステータスも命も全部乗せる」


「無謀。私の役はフルハウス。あなたの役がそれ以上である確率は天文学的数値に等しい」


 ノエルがカードを公開する。完璧な布陣だ。

 俺はゆっくりと自身のカードをめくった。


 一枚目。二枚目。ありえない。

 配られた時はブタだったはずのカードがめくる瞬間に変質している。


「なっ! 確率の書き換え? 私の権能を上書きした?」


「いいえ。これはマスターの幸運ではありません」


 エナが不敵に笑い眼鏡を直した。


「私がアイリスさんの殺気を利用し、空間の魔素を乱して、ノエルの固定を強制解除しました。その一瞬の空白にマスターの本当の引きが滑り込んだのですわ」


 開かれたカードは五枚すべてが同種の連続した数字――ロイヤル・ストレート・フラッシュ。


『おーっと! ここで奇跡の逆転劇! 神々も総立ちのラストドローだーっ!』


「…………負けました。運命の敗北」


 ノエルが力なく椅子に沈む。彼女の無機質な瞳に初めて光が宿った。


「あなたは計算できないバグ。面白い。鍵はあなたのものです」


 ノエルが差し出した黄金の鍵。

 それを受け取った瞬間、俺の横でアイリスがふんと鼻を鳴らした。


「当然の結果です。私の後ろ盾があって負けるはずがないでしょう。さあ、さっさと行きなさい。その鍵でこの下品な街を早くおさらばするためにね」


 アイリスの頬がほんの少しだけ緩んだのを俺は見逃さなかった。だが、ノエルが次に発した言葉で空気は再び氷結する。


「私も付いていきます。あなたの不確定要素、もっと近くで観測したい」


「…………はぁ?」


 俺の旅路はさらなる修羅場へと突入しようとしていた。

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