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10 終点、あるいは真実の愛という名の無茶振り

 ミスリルゴーレムの残骸が転がる闘技場を抜け、俺たちはついに迷宮の最深部――忘却の廃寺院の聖域へと足を踏み入れた。空気はひんやりと澄み渡り、中央の祭壇には、淡い光を放つ黄金の杯が鎮座している。


「あれが……解呪の聖杯か?」

「ようやくこの忌々しい首輪とおさらばできるというわけですね。聖杯を手に入れた瞬間、貴方の首が私の剣の届く範囲から1メートル以上離れることを許可します。もっとも――その直後に貴方の首が胴体とおさらばすることになりますけどね」


 アイリスが鞘に納めた魔剣を指で弾きカチンと冷たい音を鳴らす。騎馬戦の屈辱は彼女の脳内で絶賛燃焼中らしい。


「マスター、アイリスさんの不穏な独り言は無視してください。聖杯を手に入れた後も私はずっと隣(物理距離0センチ)を保持する準備ができています」


 エナは相変わらず俺の腕に絡みついている。左右からの殺気と熱気に挟まれながら俺は祭壇へと手を伸ばした。


『はいはーい! 皆さん、ついにゴールに到着ですよ! 配信のボルテージも最高潮! 投げ銭の準備はいいかなーっ?』


 お約束通り空間を割ってルナが飛び出してきた。背後には天界の神々からのコメントが弾幕のように流れている。


「ルナ、手短に教えなさい。その聖杯を使って呪いを解く手順を。一文字でも余計な装飾語を混ぜたら、貴方の無敵モードの隙間を探して魔力を流し込みます」


『アイリスちゃん、顔がマジ過ぎて怖いって! OKOK、手順は簡単だよ! その聖杯は真実の愛に反応して、あらゆる呪いを浄化する超便利アイテムなの。だから――』


 ルナがニヤニヤしながら俺と両サイドの二人を指差した。


『カイト君がアイリスちゃんかエナちゃん、どっちかと愛の誓いのキスをすれば首輪はパカッと外れまーす! はい、全宇宙注目のラブロマンス・タイム、スタートッ!』


「……………………は?」


 聖域が今日何度目かわからない静寂に包まれた。


「……キス? 私が……この不純物と?」


 アイリスの顔がみるみるうちに沸騰したヤカンのように真っ赤に染まっていく。それは羞恥かあるいは殺意か? おそらくその両方だ。


「なるほど……演算完了しました」


 エナが眼鏡をキラリと光らせ俺の正面に回り込んだ。


「マスター。この状況でアイリスさんに期待するのは時間の無駄です。彼女のプライドを考慮すれば、あと四世紀はかかります。ここは合理的かつ情熱的な私との接触によって最短経路で呪いを解除すべきです。さあ、目を閉じて――」


「待ちなさいガラクタ!」


 アイリスがエナの襟首を掴んで強引に引き剥がした。


「抜け駆けは許しません! そもそも私がこの首輪を外したいのは、一刻も早く不純物を斬り捨てる自由を得るためです! 貴方のような邪な動機とは根本から美学が違うのです!」


「あら、理由なんてどうでもいいんです。要はマスターの唇をどちらが奪うか――それともアイリスさん、私に譲ってくれるんですか?」


「……………………っ!」


 アイリスが絶句し魔剣を抜こうとしたが――


『あ、ちなみに二人と同時にキスしなきゃ駄目だよ! 三人の絆がテーマの番組だからね!』


「無理だろ! 物理的に口は一つしかないんだよ!」


 俺の絶叫にルナは「あはは、そうだよね!」とケラケラ笑いながら――さらにとんでもないことを言い出した。


『じゃあ特別ルール! 三人で聖杯に手を置いてカイト君が二人の好きなところを全力で叫んで! その想いの総量が一定値を超えたら愛としてカウントしてあげる!』


「……好きな……ところ?」


 アイリスとエナの視線が一斉に俺に突き刺さる。アイリスは「変なことを言ったら即座に細切れにする」という目。エナは「私の魅力をどれだけ深く理解しているか試させてもらいます」という目。


『さあカイト君! 視聴者数、ついに300万人突破! 神々を感動させる最高の告白いってみよーっ!』


 俺は冷や汗を流しながら二人の視線の圧力に耐えていた。正直に言えばアイリスは性格が最悪だが、その凛とした強さと美しさは本物だ。エナは重過ぎる愛は怖いが、俺を支えてくれる献身には感謝している。


 俺は覚悟を決めて二人の手を握り聖杯へと重ねた。


「わかったよ……言えばいいんだろ言えば!」


 俺は大きく息を吸い込み、迷宮の底で全世界に向けて叫んだ。


「アイリス! お前の性格はクソだけど戦ってる時の背中は誰よりも格好いいと思ってる! エナ! お前の愛は重過ぎて胃が痛いけど、俺を必要としてくれるのは素直に嬉しいんだ!」


「――――――――っ!」


 その瞬間、聖杯が爆発的な光を放った。愛かあるいは俺の必死な叫びが神々の面白ポイントに触れたのかはわからない。


 カチャリ。


 三人の首から忌々しい金属の重みが消えた。


「……外れた……」


 俺が自由になった首を擦っていると、隣でアイリスが俯いたまま小刻みに震えていた。銀髪の間から見える耳がリンゴのように赤い。


「……格好いい……なんて……不純物の分際で私の性格を勝手に評価するなど……万死、いえ、億死に値します」


「マスター、お見事ですわ。私の嬉しいという感情指数が現在計測不能なほど跳ね上がっています。これはもう……責任を取ってもらうしかありませんね?」


 エナが妖しく微笑み一歩詰め寄る。


『おめでとーっ! 呪い解除成功! はい、ここで本日の配信終了でーす! 皆さん、スパチャありがとねーっ!』


 ルナが満足げにウィンドウを閉じドローンたちが消えていく。聖域には静寂が戻った。ただし最高に気まずい沈黙だ。


「さて、不純物」


 ゆっくりとアイリスが顔を上げた。その頬はまだ赤いが瞳にはかつてないほどの鋭い光が宿っている。


「首輪は外れました。つまり私はもう、一メートルの制約を受けずに貴方の心臓を貫けるということです」

「アイリス?」

「覚悟しなさい。私の格好いい背中を地獄の特等席で見せて差し上げますわ!」


「ひいっ! 結局そうなるのかよ!」


 俺は自由になった足で全速力で出口へと走り出した。後ろからは「待ちなさい!」と魔剣を振りかざすアイリスと「逃がしませんよマスター」と魔法の拘束網を構えるエナが追いかけてくる。


 呪いは解けたが俺の逃亡劇という名の冒険は終わらない。

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