第6話 言葉
八歳のころ、
月乃は少しだけ変わった。
大きくじゃない。
誰かが気づくほどでもない。
でも、
わたしには分かった。
距離が、
前より正確になった。
近づかない。
触れない。
預からない。
「それは、ここに置いてね」
「それは、心晴ちゃんのものじゃないよ」
声は、やさしい。
顔も、やさしい。
でも――
迷いがなくなった。
その日、
月乃は新しいカップを使っていた。
淡い色で、
持ちやすそうな形。
叔父さんが言った。
「それ、いいな」
胸の奥が、
ひくっと鳴った。
でも、
八歳のわたしは動かない。
欲しい、とは言わない。
顔にも出さない。
ただ、
じっと見た。
月乃は、
すぐに気づいた。
「それはね、割れやすいから」
にこっと笑って、
棚の上に置く。
届かない場所。
渡さない。
でも、
隠さない。
管理。
それが、
月乃のやり方だった。
その夜、
わたしは考えた。
壊せない。
奪えない。
前みたいに、
簡単じゃない。
月乃は、
境界線を引いた。
次の日、
わたしは何もしなかった。
泣かない。
困らせない。
動かない。
叔父さんの前で、
いい子のまま。
月乃は、
一度もわたしに触れなかった。
名前も、
前より少なく呼ばれた。
それが、
答えだった。
夜、
布団の中で思った。
この人は、
わたしを“管理対象”にした。
嫌っていない。
でも、
信じてもいない。
その中間。
それが、
いちばん腹が立つ。
だから、
次は違う。
物じゃない。
距離でもない。
評価。
叔父さんの中の、
小さな違和感。
そこに、
静かに触れる。
八歳のわたしは、
決めた。
境界線を壊さなくていい。
越えさせればいい。
誰が越えたのか、
分からない形で。
その方法を、
これから探す。




