第13話 戻ってこない位置
月乃が戻ってきたのは、
わたしが席に戻ってから
しばらくしてからだった。
人の流れが落ち着いて、
声の重なりが減って、
場が少し静かになったころ。
月乃は、
まっすぐ歩いてきた。
疲れているのが、
遠くからでも分かった。
背中が、
少しだけ小さくなっている。
わたしは、
叔父さんのそばにいた。
立っていたわけじゃない。
手を引いていたわけでもない。
ただ、
そこにいる。
月乃が止まる。
ほんの一瞬。
その視線が、
叔父さんと、
わたしの間をなぞった。
何も言わない。
表情も変えない。
ただ、
位置を選び直す。
月乃は、
一歩、横にずれた。
ほんの少し。
でも、はっきり。
その瞬間、
胸の奥で
何かが決まった。
戻らなかった。
叔父さんは、
何も言わない。
わたしを見る。
月乃を見る。
そして、
元の話を続ける。
誰も、
並びを直さない。
誰も、
説明を求めない。
その場は、
何事もなかったように進む。
でも、
わたしには分かった。
位置は、確定した。
月乃は、
少し離れた場所で立っている。
正しい距離。
きれいな距離。
でも――
前じゃない。
わたしは、
動かない。
譲らない。
詰めない。
ただ、
そのまま。
周りの人が、
笑いながら言う。
「心晴ちゃん、
今日はお利口さんだね」
その言葉が、
わたしの背中を
押した。
月乃は、
それを聞いても
何も言わない。
わたしを見ない。
そのことが、
決定打になった。
認めたんだ。
ここは、わたしの場所だって。
本当は、
違うかもしれない。
でも、
八歳のわたしには
そうとしか見えなかった。
叔父さんが、
ふと、わたしに言った。
「疲れてないか?」
その一言で、
世界が静かに傾いた。
月乃は、
少しだけ遅れて
同じことを言おうとした。
でも、
言葉は重ならなかった。
わたしは、
うなずく。
「だいじょうぶ」
それだけで、
会話は進む。
この瞬間、
はっきり思った。
場所は、
先にいたほうのものになる。
月乃が戻ってきても、
もう遅い。
奪ったんじゃない。
押しのけてもいない。
戻らなかっただけ。
式が終わるころ、
わたしは確信していた。
勝ったとか、
負けたとかじゃない。
もう、
元には戻らない。
この日から、
わたしは
「譲らない」ことを
覚えた。
声を上げなくても。
争わなくても。
動かなければ、
場所は残る。
八歳のわたしは、
それを
“正しいやり方”だと
信じてしまった。




