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マツダイラの余韻と森の癒し

「え、何?」


 周囲には見慣れない景色が広がっていた。

 ただ木々が立ち並ぶ、誰もいない森。

 地面にはほとんど草や苔が見られず、落ち葉もない。

 どこか清潔感が漂うその様子はまるで高級な絨毯のようだった。

 

 木々は根元から三日月型に大きくゆがんで生えており、その先端から根元の器のようなくぼみに向かって水を静かに落としている。


 あ、こういう癒しグッズ、ネットで見たことあるな。

 流れる水の優しい音は、サラウンド効果によって極上の癒し空間を演出していた。

 その効果はマコトを落ち着かせるのに十分だった。


 ……とりあえず、何かへんなことになってるのはよく分かった。


 陽の光は木漏れ日となって、流れ落ちる水をキラキラと瞬かせている。


 なんかキレイだな。

 でもこれマツダイラが関わってるよね、絶対。

 福引の赤ってこんなことになるの?

 脱出ゲームみたいなこと?でもこの広さってすごいお金かかるよね。


「――あっ!」


 マコトは右手に感じていた重みを思い出したかのように目を向け、そこにバールのようなものを持っていることに気づく。

 その長さは去年、中学三年生の修学旅行で衝動買いした木刀と同じくらいだった。


 どういう状況?

 あぁ、これ持って消しゴムを買いに来たんだっけ。

 マコトは静かに混乱していた。

 やっぱ違うか。

 んで千円札も返されてるし。


「封筒?」


 千円札とともに持っていたのは、マツダイラのロゴステッカーが表と裏に貼ってある封筒だった。

 マコトは木にバールのようなものを立てかける。

 そして千円札をハッピの右側の大きなポケットにしまう。


「ん?」


 一瞬何か大切なことを意識しかけたが、封筒のステッカーがキラリと陽の光を反射し、そこにまた目を向けた。

 なるほど、これがヒントってことね。

 やっぱり脱出ゲームか。

 なんかすごい規模だけど。


 あー、ステッカーここに貼られるとすごい開けづらいな。

 両面にステッカーって。

 めっちゃ主張してるし。


「……なんか怖っ!」


 遠くで『コーン!』と音が聞こえた気がして、マコトに恐怖がこみ上げてきた。

 助けを求めるように封筒を半ば強引に開き、中から上質そうな厚手の紙を取り出す。

 こういうのはちゃんと読んだ方がいいんだよな。

 ふたつ折りになった紙を開くと、大きな文字で『1泊2日』とだけ書かれていた。


「うわ、情報足りないってー!」


 マコトの声はそれなりに大きかったが、木々が発する優しい音色にかき消された。



「とりあえず千円札、お財布、スマホ、あとこの、1泊2日のやつ。目録っていうのかな?」


 やっと落ち着きを取り戻したマコトは地面に座って、所持品をひとつずつ地面の上に並べながら確認する。

 森の音につられたのか、あるいは不安がそうさせたのか、独り言がやたらと多くなっていた。


「んでこれ何よー。」


 全身で『うんざり』という言葉を表現するように、マコトはバールのようなものを地面に寝かせる。

 

やわらかな地面はその重さに少しだけ沈み込み、バールのようなものを優しく包み込んだ。


「工具?この木に何かするってこと?」


 森を見回したマコトは再度その光景に癒され、しばしの間たそがれた。

 悪くないな……。

 ふいに遠くで『コーン!』と聞こえた気がして我に返る。


「ん? とりあえずここで1泊2日ってことであってる?」


 誰も答えないことは分かっていたが、質問してみるマコト。



「……あってるんだろうな。まぁ明日は日曜日だし大丈夫かな? おやつ食べたいけど何かあるかな。」


  マコトは1泊2日の覚悟を半分くらい決め、おやつを探すべくバールのようなものを地面から拾い上げる。

 『カチリ』と音を立ててハッピのステッカーにバールのようなものが張り付いた。


 その隠された能力が、初めて発揮された瞬間だった


「うぉっ! くっついた。……て、」


 自分のハッピをみて唖然とするマコト。


 ひー!

 これあのハッピだよね。

 いつから着てた?

 あぁ……そっか。


 マコトはバールのようなものを初めに見たとき、同時にハッピの存在にも気づいていた。

 しかし理解が追いつかず、無意識にその情報は遮断されていた。


 あ、ちゃんとサイズ合ってる。

 ……マツダイラのじゃないよね。

 だってサイズ合ってるし。


 バールのようなものの能力をよそに、マコトはハッピのサイズが自分に合っていることに安堵した。



 ていうか知らない間にハッピ着せられて、 千円札と封筒と変な工具持たされたってこと?

 ふいにマコトは周囲を見まわす。


 特に何も見つからなかったため、最後に木々のすき間から見える空を見上げ、再びハッピに目をやる。


『カチリ、カチリ』


 ハッピのいたるところにステッカーが縫い付けられており、工具はどのステッカーにも自在に着脱できることが分かった。


「磁石とは違うっぽいな。くっつくと重さ感じないし。取ろうと思うと簡単に取れるし。あ、動いても落ちないんだ。え、ちょっと不思議。」


 もはや現実感はほとんどなくなっていた。



「……夢、ではないんだよな。すごい情報量だし。」


 木々を眺めながらつぶやき、『1泊2日』と書かれた上質な厚紙に目をやり、苦笑する。


「まぁなんか、そういうことか。」


 理解することをあきらめたマコトは、ハッピのポケットに持ち物を入れ、状況をそのまま受け入れるのであった。



「森ってことは果物とかになってくるのかな。でも1泊2日で果物だけとかちょっとな。」


 あてもなく森の中をさまようマコトの口には、ますます独り言が増えていった。


「あ、家に連絡とかした方がいいか。血走った目のおじさんのせいで知らない場所にいます、って誘拐だと勘違いされちゃいそうだけど。」


 スマホを見ると圏外だった。


「あれ? 誘拐っていうか、迷子かな?」


 現在の状況に恐怖がないといえば嘘になるが、認めてしまうのが怖かった。



「……棒倒すやつやってみるか。」


 森の中で迷子になり、進む方向を運にまかせる。

 普段のマコトならそれがどれだけ無謀なことか分かっただろう。

 しかし現在、マコトの判断能力は大幅に低下していた。

 防衛本能のひとつの形なのかもしれない。


 バールのようなものをステッカーから取り外し、地面に突き刺すマコト。

 まるでバターに熱したバールを突き刺すかのごとく、地面には深々とバールのようなものが突き刺さった。


「うわ、すごい深く刺さるし。これじゃ倒れないって。」


 地面に突き刺さったバールのようなものを半分くらい引き抜いたとき、誰かに引っ張り返されるような力を感じてとっさに手を離す。


「え、誰!? なんなの、ホントに。」


 バールのようなものは小さく振動していた。

 やがて一瞬あわく光りを放った後、土を無理やり掘り起こしながらマコトの右方向に傾きはじめる。


「うわー、ちゃんと倒れるんだ。」


 バールのようなものは一度垂直に戻ったあと倒れる向きを左に変え、土を強引に押しのけながらも静かに倒れた。


「ん? 右と左でちょっと迷ったよね、今。っていうかどういうこと? ちょっと光ってたし。おたすけアイテムみたいな感じ?」


 掘り返された土を見つめるマコトの脳裏に、激しく回転するガラガラや不思議なステッカー、見たこともない森の木々、そしてマツダイラのメガホンがぐるぐると回り、それらが線でつながった気がした。


「いやメガホンは違うか。……でももう普通の世界じゃないよね、たぶん。赤い玉でこんなにお金かかる仕掛けはおかしいし。」


 理解が追い付かず、若干ずれた結論を出したマコト。


「……もうこれでいくか。」


 諦めたような、しかし穏やかな表情でバールのようなものを持ち上げ、軽く土をはらってから腰のあたりにあるステッカーに着けた。

 一度深呼吸をすると、奇妙な相棒が指し示した左の方向に進み始めるのだった。

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