お願い
「……ここが、先輩の部屋……意外と可愛いっすね!」
「意外とは余計よ」
「あっ、先輩が可愛いのは知ってますよ? ですが、部屋が可愛いっていうのが意外で」
「……それも余計よ」
それから、数十分後。
さっと辺りを見渡し、そんな感想を宣う戸波くん。何とも無邪気な笑顔で言う分、余計にタチが悪い。……あの人には、一度も言われたことなかったのにね。
まあ、それはともあれ……うん、どうしてこうなったのだろう。いや、理由は明白――私が、彼を部屋に誘ったから。から、なのだけど……だけど、そうした理由は自分でも良く分からないままで。
ところで、高月家は店舗とは別に居宅を構え、父はそこに――そして、私は現在、個人で部屋を借り住んでいる。今、彼を案内したのは店からそう遠くない2階建て木造アパートの一室で……うん、要らないかこの説明。
「……これ、良かったらどうぞ。戸波くん」
「わぁ、ありがとうございます先輩! ……うわ、やっぱめっちゃ美味い」
「……そう、良かったわ」
その後、ほどなくして。
そう、緩んだ笑顔で告げる戸波くん。この様子だと、本当に気に入ってくれたようで……ふぅ、良かった。自信作ではあるけど、やっぱり感想をもらうまでは分からないし。……うん、折角なので――
「……ところで、戸波くん。これを――」
「これ、さっそくメニューに加えましょうよ! お客さん、みんな喜びますから!」
「……そう、ありがとう。前向きに検討するわ」
すると、私の思考を察してくれたのか、朗らかに笑いそう口にする戸波くん。この様子だと、お世辞ではなく本心からそう思ってくれているのだろう。……ふぅ、良かった。
「……ところで、高月先輩。余計なこととは思うんすけど……これから、どうするんです? 元カレとのこと」
「……え?」
「……正直、あんまりオススメはしないっすけど……もし、もしも先輩が復縁を望んでいるのなら、俺は協力しますよ」
「……戸波くん」
その後、しばらくして。
雑談もそこそこに、不意にそう切り出す戸波くん。その表情は、真剣そのもの……全く、人が好いにもほどがある。だけど、
「……ありがとう、戸波くん。でも、必要ないわ。彼と私は、もう終わった関係……それも、恐らくはとうの前に」
「……先輩」
そう、ふっと微笑み告げる。別に、遠慮してるわけでも強がっているわけでもない――ただ、事実を述べただけ。
これが、少し魔が差しただけの浮気であれば話は違っていたかもしれない。もちろん、決して気分は良くないけれど――それでも、最終的には彼を許しそのまま関係を続けていたかもしれない。
だけど、そういう問題じゃなかった。彼の気持ちはもう、とうに私から離れていた。……いや、今思えばそもそも最初からそれほど……ともあれ、浮気どうこうの前に、そもそも恋人ですらなかった。だから、今回の件はきっかけになっただけ。とうに冷め切ったこの関係を、ブツリと終わらせるきっかけになっただけ。だから、何も悲しくない。ない……はずなのに――
「……ねえ、戸波くん。協力はいらないけど、良ければ一つお願いを聞いてもらえるかしら」
「はい、もちろんです先輩! それで、どう……っ!?」
直後、茫然と目を見開く戸波くん。まあ、それもそのはず。不意に、彼の手を取りぐっと距離を詰めたから。そして、その綺麗な瞳を覗き込むように見上げそっと呟く。
「…………今夜は、私のそばにいて」




