出会い
――それから、数年経て。
『……へぇ、こんなところに』
大学4回生の、ある秋の昼下がり。
紅葉の色づく鮮麗な山の中で、ふと視界に映ったのは和の雰囲気漂う小さなカフェ。豊かな自然に溶け込むその素朴な佇まいに、ぐっと心が惹かれ足は自然とそちらの方へ。
扉を開くと、そっと鼓膜を擽る柔らかな鈴の音。そこに広がるは、数少ない灯火と僅かな光が差し込むだけの仄暗い空間。まるで時の止まったような幻想的な景色の中、ゆっくりと奥の1人席へと足を進める。すると、すぐ隣にある窓の外にはさっきまで見ていた紅と緑のコントラストが鮮やかに一面へと広がって……うん、すっごい良いところ。
『…………うまい』
それから、数十分経て。
思わず、そんな声を洩らす。注文したのは、白餡のどら焼きとブレンドコーヒー。どら焼きは砂糖不使用とのことだけど、それでも十分に――それでいて、大豆本来の自然の甘さが口の中に広がり後味も抜群。そして、珈琲だけど……香り、味、全てが得も言われぬほど素晴らしく――
『――ありがとうございました、またお越しくださいませ』
ふと、鼓膜を揺らす澄んだ声。見ると、今出ていったお客さんを見送る店員さんの声のようで。
……人形、みたいな子だな――なんて、それが最初の率直な感想で。その整った綺麗な容姿も、ほとんど感情の読み取れないその表情も。失礼は承知ながら、少しばかり近寄りがたい――それが、最初の印象だった。
『…………良かった、まだ開いてた』
それから、数時間経て。
そう、安堵の声を洩らす。そんな俺がいるのは、紅葉の彩る山の中。そして、眼前には『TAKATSUKI』――今日、昼下がりに訪れた幻想的で素敵なカフェが。
さて、何のために再び訪れたのかというと……まあ、うっかりスマホを忘れてしまったわけで。いや、忘れたのはともかく気づくのが遅すぎだと我ながら思うけれども……ともあれ、ほんと良かった、まだ開いてて。明日は定休日だったはずだし、明後日まで取りに来れないとなると流石に困りますし。
……ただ、それはそうと……さて、どうしよう。開いているとは言ったものの、カフェ自体は閉店していてほぼシャッターも閉まっている。唯一、扉の部分のシャッターだけがまだ閉まっていなくて……いや、じゃあ開いてるとは言わないか。でも、うっかり忘れたわけじゃなければ、まだ店内に人がいるということ……の、はず。だから、そこはホッとしたのだけど……うん、入りづらい。業務終了後のお店に、部外者がどんな表情で入れば良いのか――
……いや、考えすぎかな? 普通に、スマホを忘れたと言えば良いだけ。疚しいことは何もない。そういうわけで、緊張しつつもごめんくださいと呟きゆっくりと扉を……あっ、ノックとかすべきだったかも……まあ、もう今更ですけ――
『…………え』
直後、ポツリと声が。ほぼ真っ暗の中、唯一明かりが灯るキッチンに映るは1人の少女――人形のような印象を受けた、頗る綺麗で感情の見えないあの店員さんで。
ほぼ静謐な空間にて、一心にドリップで珈琲を注ぐ少女。そして、味見をしては軽く首を横に振り再び焙煎などの工程を繰り返す。ただ、一心に幾度も繰り返す。そんな彼女の表情に、姿に、俺は……ただ、我を忘れ見蕩れていたんだ。




