返答
「――本日もありがとうございます、岩崎さん! また来てくださいね!」
「はい、もちろんです!」
それから、数日経た夕さり頃。
扉の前で、ニコッと人懐っこい笑顔でお客さんを見送る戸波くん。そして、そんな彼に果たしてお客さんも嬉しそうに……うん、やっぱり流石。
ただ、それはともあれ……うん、やっぱり違う。とは言え、傍目には気づくような差異ではないけれど……それでも、私には分かる。そして、その理由はきっとあの日の――
「――あの、失礼。こちらの店主さんですよね?」
「…………へっ? あっ、申し訳ありません! ご用件をお伺いします!」
そんな思考の最中、不意に届いた柔らかな声に慌てて答える私。見ると、そこには上質であろう黒のスーツを纏う端正な顔立ちの男性。……しまった、つい意識が。怒っていなければ良いのだけ――
「……その、もし良ければこちらを……」
「…………へっ?」
「――いやー今日もいっぱい来てくれましたね! やっぱりみんなの笑顔を見るのは嬉しいっすね!」
「……ええ、そうね」
それから、数時間経て。
黄昏に染まる空の下、そんな会話を交わしつつ帰り道を歩いていく。もう幾度も交わしている、何の変哲もない会話……だけど、やはり何処か違う気がするのは思い過ごしだろうか? まあ、それならそれで――ただの思い過ごしであれば、もちろんそれで良いのだけれど。あの人の――玲香というあの人の、あの言葉の意味は全く以て分からないけれど、いずれにせよあんなことで彼に悩んで欲しくも苦しんでほしくもない。そもそも、どういう理由であれ私以外の女のことで頭を満たしてなんかほしくな……あれ、こんなタイプだっけ私? ……ところで、それはそれとして――
「……あの、戸波くん。少し、話しておきたいことがあるのだけど」
「…………なるほど」
それから、ほどなくして。
そう、ポツリと呟く戸波くん。そんな彼の手には、1枚の小さな用紙――かのスーツの男性、岡島さんから手渡された上質な用紙が。そこには、彼のフルネーム――そして、幾度も見覚えのある3桁から始まる11桁の数字が。これが、何を意味しているのか……まあ、流石に確認するまでもないだろう。
……ただ、それにしても……ほんと、随分と物好きな人もいるものね。うちのスタッフにしても、他にも可愛い子はいくらでもいると思うのだけど。例えば、藤巻さんとか。……まあ、それはともあれ――
「……それで、戸波くん。貴方は、どう思う?」
そう、少し躊躇いつつ尋ねる。何とも漠然とした問いではあるけど、この流れなら伝わらないこともないだろう。……さて、彼の返答は――
「……先輩は、どう思ってます? 岡島さんのこと」
「……へっ? どう……ええ、もちろん良くは知らないけれど、良い人だと思うわ。とても物腰が柔らかだし、お店にも良く来てくれて感謝もしているし」
すると、少し間があった後そう尋ね返す戸波くん。少し驚いたものの……でも、よくよく考えれば自然な流れなのかも。そもそも、私側の事情なのだし。それから、ほどなくして――
「……そうっすか。……うん、俺も良いと思いますよ。すごく優しそうな人ですし、一度会ってみたらどうっすか? 良いご縁になるかもしれませんし」
そう、にこっと微笑み告げる戸波くん。うん、何も不自然な返答じゃない。むしろ、私の言葉に沿った至極自然ともいえる返答で。なのに――
「……ええ、そうね。分かったわ」
そう、軽く頷き答える。なのに――自分でも驚くほどに、その声音はひどく冷たくて。




