疑い
「――おはようございます、高月店主!」
「ええ、おはよう藤巻さん。今日も宜しくね」
「はい、任せてください!」
それから、数日後。
開店準備の少し前、晴れやかな笑顔で挨拶をしてくれる藤巻さん。華やかな顔立ちに明るい性格で、お客さんからの人気も高い女性スタッフだ。改めて言うまでもなく、彼女の存在は当店において頗る大きい。……なのだけれど――
「……どうかしましたか? 店主」
「……いえ、なんでもないわ」
すると、ちょこんと首を傾げ尋ねる藤巻さん。恐らくは、私が気難しそうな表情をしていたからだろう。……いや、それはわりといつもな気もするけど……ただ、今日に関しては一応の理由があって。
「――今日一日、貴方から見てどう? 戸波くん」
「……うーん、見た感じはいつもと変わらない気がしましたけど……先輩は?」
「……ええ、私もそう見えたわ」
それから、しばらくして、
帰り道、黄昏に染まる空の下を歩みつつ会話を交わす私達。何の話かと言うと、カフェ『TAKATSUKI』の重要な戦力たる女性スタッフ、藤巻さんに関してで。
さて、彼女がどうしたのかと言うと――まあ、申し訳なくも少し疑いを抱いていて。数日前、事務室にて目にした光景――私の鞄が何ともひどく荒らされていた光景に関する疑いを。
「……やっぱ、藤巻さんじゃないと思うんすよね。いつもあんな笑顔で、誰にでも気さくに接してる良い子があんなこと……」
「……戸波くん」
その後、ややあって真剣な表情でそう口にする戸波くん。まあ、気持ちは分からないでもない。藤巻さんに対する私の印象も、今彼が言ったのとおおかた似たようなものだし……当店への貢献度を考慮しても、彼女を悪者だと思いたくない気持ちは十分に頷ける。
そもそも、当然ながら彼女を……いや、そもそも誰のことも好き好んで疑いたいわけじゃない。ただ……彼女が、私達以外に鍵を管理している数少ないスタッフの1人であること。そして、こっちが嫌疑の主たる理由なのだけど……事務室にて例の光景を目にした後、休憩室を見てみると彼女の荷物がなくなっていたこと。よくよく思い返せば、彼女が勤務を終え退店した後にはまだあったはずの可愛らしいピンクの鞄が。
「――まあ、何にしても早く見つけないとですね! 俺だって、好き好んで大切な仲間をずっと疑ってたくなんてないですし!」
「……ええ、そうね」
すると、ニコッと晴れやかな笑顔でそう口にする戸波くん。そんな彼に、私も仄かに微笑み頷いた。
「…………ふぅ」
それから、数時間経て。
自室にて、仰向けになり天井を眺める。そして、ぼんやりと思い起こす。あの日の光景――そして、今日一日について。
犯人を見つける――彼はそう意気込んでいたし、その気持ちはありがたいのだけど……正直、私としては誰でもいい。もちろん、あんなことが今後頻繁に起きるようなら話は変わってくるけど――まあ、ほぼ間違いなくそれはないだろうし。
と言うのも、あれはあの状況――私が被害を訴え難いあの状況だからこそ生じたことだろうから。きっと、犯人は気付いていたのだろう。私……あるいは、私達2人がキッチンの何処かに隠れていたことを。いや、もしかすると収納ラックという場所まで明確に――
ともあれ、そういうわけで私は何も言えない。荒らされた鞄のことを話してしまえば、恐らくはその間私達が何処にいたのかも説明しなければならなくなるだろうけど……まあ、それは不可能とは言わないまでもやはり難しい。だから……まあ、ちょっとした嫌がらせだったのだろう。私が被害を訴えられないあの状況を利用した、ちょっとした嫌がらせだったのだろう。私を嫌っている人なんていくらでも……それこそ、そうじゃない人を数えた方が早いくらいだし。
なので、正直私としては誰でも良いのだけど――それでも、犯人は特定しなくてはならない。それも、なるべく早めに。そして、今後一切こういうことは控えるように言わなければならない。まあ、前述の通りあれは状況が状況だったからで、今後の心配はほぼないとは思うのだけど……それでも、念のため。それは、私のためというよりも――




