……なんで、こんなことが――
「――ところで、戸波くん。貴方は、こういうところにはよく来るのかしら?」
「……うーん、そうっすね。時々、誘ってもらった時に行くくらいですかね。自分からはあんまり」
「……そう、私に近いわね。それで、誘われるというのは例えば……いえ、何でもないわ」
それから、ほどなくして。
少し小さめのカラオケルームにて、徐に腰を下ろしそんなやり取りを交わす私達。そう言えば、今更ながら彼の交友関係はほぼ……いや、全く知らない気がする。まあ、それはお互いさまでしょうけど。
「さて、どちらから歌います? まあ、たぶん――」
「……そうね、私からでも良いかしら?」
「おっ、意外っすね。正直、絶対俺からになるかと。もちろんっす、どうぞ」
その後、朗らかな笑顔でそう言ってデンモクを差し出す戸波くん。まあ、私としても先に歌ってもらいたい気持ちはあったのだけど……うん、それはそれで緊張が大変なことになるわけで。なので、それならいっそのこと先に歌って解放されておきたいなと。
さて、さっそく曲を……うーん、何を歌えば良いのだろう。正直、今の若い人達が聴く曲はあまり知らな――
「ああ、空気とか読まなくていいっすよ。と言うか、読まないでください。俺はただ、先輩が好きな曲を歌ってるのを聴きたいだけなので」
「……戸波くん」
しばし頭を巡らせていると、柔らかな微笑でそう告げてくれる戸波くん。……うん、そういうことなら遠慮なく――
「…………上手いっすね、先輩」
「……そう、ありがとう。だけど、随分と意外そうな反応ね」
「……へっ? あっ、いえそんなことは……そんな、ことは……すんません、わりと意外でした」
「ふふっ、正直ね」
それから、数分経て。
歌唱を終え、少し間があった後ポツリと感想を述べる戸波くん。そんな彼の様子に少し可笑しく、そして微笑ましくなってしまう。まあ、こういう反応は彼に限らず今までも幾度かあったわけで。例えば友人だったり、元カ……いや、止そう。なんだろう、こう……今、あの人のことを思い出すのは、なんだか少し申し訳ない気がしなくもなくて。……まあ、そうは言っても――
「――でも、マジでめっちゃ素敵でした! もっと聴きたいっす、先輩の歌!」
「……そう、ありがとう。でも、次は貴方の番よ戸波くん」
すると、パッと咲くような笑顔で称賛をくれる戸波くん。まあ、そうは言っても……きっと、彼は気にも止めないのでしょうね。
「………………」
「……ふぅ、やっぱ高月先輩の前だと緊張しますね。でも、どうにか歌い切れ……ん、どうかしました先輩?」
「……いえ、何と言うか……」
それから、数分経て。
歌唱を終え、どこか達成感の窺える表情でそんなことを言う戸波くん。彼が歌ったのは、80年代に発表され今なお数多のアーティストに歌い継がれている珠玉の名バラード。彼自身の好みなのか、最初に歌った私の選曲に合わせてくれたのかは分からない。なので、そこは是非とも聞いてみたいところではあるけれど……ただ、それはともあれ――
「…………いや、上手すぎじゃない?」
そう、ポツリと口にする。うん、素人目……いや、素人耳? まあ、それはともあれ……うん、素人の私でも分かる。明らかにレベルが違う。それこそ、先ほどの賛辞が嫌味に聞こえてしまうくらいに……いや、もちろん彼に嫌味なつもりがないのは分かってるけど。まあ、それはともあれ――
「……貴方、どうしてそんな上手いの? 何処かジャングルの秘境とかで連々と歌声を鍛えていたとか?」
「……いや、ジャングルの秘境で歌声を鍛えてる人は相当稀だと思うんですけど……でも、そうっすね。高校時代、めっちゃ歌が好きな友人がいたのでその影響はあるかもしれませんね」
「……いや、それは貴方が歌の上手い理由にはなっていな……まあ、別にいいけれど。……それより、その友人は……いえ、何でもないわ」
私の問いに、虚空に視線を移し思案顔で答える戸波くん。いや、それは理由になってな……まあ、それはともあれ……なんで、こんなことが気になるのだろう。その友人が、どちらの性別かなんてことが。




