……何が、あったの?
「……ねえ、戸波くん。随分と野暮なことを聞くようだけど……貴方、今までに交際していた人はいたの?」
「ええ。一応、高校時代に一人だけ。まあ、すぐに振られちゃいましたけどね……俺のせいで」
「……そう、申し訳ないことを聞いたわね」
「いえ、気にしないでください!」
それから、ほどなくして。
黄昏に染まる帰り道にて、少し躊躇いつつそんなことを尋ねてみる。すると、嫌な表情一つせず微笑み答える戸波くん。だけど、心の内がどうかは定かでなく……うん、やっぱり聞かなきゃ良かったかな? まあ、今更だけれど。
ただ、それはそうと……まあ、思った通りと言うか、交際経験はほとんど無かったようで。と言うのも、中々に衝撃ではあったけど……彼にとって、ああいう行為は昨夜が初めてだったそうなので。
そして、それは紛れもなく事実だろう。尤も、元より彼の言葉を疑うつもりなどないし、そもそもその必要もないのだけど……彼にそういう経験がないことは、昨夜のあの最中にも明確に……いや、人のことを言えるほど私もさして経験があるわけでもないけれど。ただ、疑う余地もなくたいそうモテる彼だから頗る意外だっただけで――
「……そもそも、ないですから」
「……へっ?」
すると、ふとそう口にする戸波くん。そして、柔らかな眼差しでふっと微笑み告げる。私の良く知る――されど、胸がぎゅっとなるような哀しい微笑で。
「……そもそも、ないんです――俺に、誰かを愛する資格なんて」
「…………ふぅ」
それから、数時間後。
夕食や入浴、そして読書を終え毛布へとうつ伏せになる私。……ふぅ、今日は色々と忙しない日々だった……主に、心が。まあ、そういう意味では今日も仕事でむしろ良かったけど。
ただ、それにしても……随分、冷めた女なのだと我ながら改めて痛感する。まあ、それはお互い様なのかもしれないけど……裏切られた形になったとは言え、3年以上も付き合ってきたはずのあの人が、昨日の今日だというのにほぼ脳裏にすら過らない。少なくとも、今日1日彼のことで何かしらの感情が動いた記憶がない。そういう意味でも、やはり昨日の浮気は良いきっかけだったのだろう。むしろ、今や色んな意味で感謝の念すら抱いてしまってるくらいだし。
ぎゅっと、毛布を手繰り寄せる。……戸波くんの、匂いがする。刹那、ハッと蘇る。感触、温度、眼差し、笑顔――あの夜の全てが、ハッと脳裏に蘇る。それは、この上もなく心地好く――
『……そもそも、ないんです――俺に、誰かを愛する資格なんて』
刹那、ぎゅっと胸が痛む。……何が、あったの? 貴方の過去に……いったい、何が――




