表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴女に捧げるは黒百合(復讐)の花  作者: 千紫ノ宮残月
第一章 青春短し恋せよリーベ
2/2

仮初めの百合

 3歳になった『アリス』。彼女に舞い込んできたのは、兄の身代わりだった。

 『アリス』は『リアム』として、王立騎士学校に通う。そこで彼女が出会ったのは──

 あれから三年。アリスは、すくすくと育っていた。アリス三歳、リアム十歳の年。

 アーデント王国では、十歳から、学校に通うことが義務付けられている。リアムも例外ではない。

 公爵家であるリーベ家の嫡男となっては、王立学校に通うことが権利であり、また当然の義務でもあった。

 だが、リアムは生まれながら病弱であり、あまり外には出られない。かといって、リーベ家唯一の後取りが病弱だと世間に知れ渡れば、他貴族が調子にのりかねない。

 特にリーベ家は、王家に贔屓されていると、他貴族から嫌われている。どんな嫌がらせがあるか、分かったものではない。

 そこで、三歳になったばかりのアリスに、白羽の矢が立った。

 アリスは言葉を覚えるより先に魔法を覚え、字を覚えるより先に魔方陣を覚えた、魔法の才に恵まれた少女だったのだ。実際、過去一年間で、何度かリアムに化け、社交会などに顔を出したことがあった。

「なるほど、なるほど。私が兄上の代わりに、学校に通うということか、実に面白い」

 腰に手をあてて、高らかに笑うのは、あのアリス・リーベである。背中まで伸びた銀髪。強い意思を宿すサファイアブルーの瞳。

 そう、アリスはおよそ三歳とは思えないほど、達観した子供に育っていた。

 100cmにも満たない小さな体で豪快に笑う姿は、なんとも珍妙だ。

「ごめんよ、アリス。僕が病弱なばかりに………」

 頭を下げるリアムに、アリスはよいよい、と手を振る。

「兄上は療養に専念してくれ。それに、“存在しない”私にとっては、寧ろ有難い申し出だ」

「アリス………」

 リアムは哀しげに眉を寄せた。

 父である、レオンハイルの意向により、アリスは、出生届を出されていないのだ。

「兄上が気にすることではない。私は、裏方の方が向いている。それに、私がいては、余計な争いを生みかねない。私は、影でよいのだよ」

 アリスは、リアムの手をとり、そっと笑って見せる。だが、リアムの不安は他所にあった。

 アリス、それから、正妻モルガーヌだけ知らされていない、アリスの秘密。リアムは、兄として、次期当主として、アリスの秘密が公になることを恐れていたのだ。

「アリス………。ああ、ありがとう」

 リアムは、アリスの小さな体を抱きしめ、たった一人の妹を守ると誓った。



 王立騎士学校入学式。

 貴族の男児ばかりが集う体育館。後ろには、新入生の親が集っている。みな着飾っていて、親と子、どちらが主役か分かったものではない。

「新入生代表、リーナ・アーデント様」

 新入生代表で壇上に上がったのは、首席で入学したアリスではなかった。

 アーデント王国第一王女、リーナ・アーデント。新入生代表挨拶は、彼女のための壇上に過ぎない。

(ままならぬものだな)

 アリスは、他の者にバレないように、そっとため息をこぼした。

 どれ程努力しようと、権力の前では何もかも無駄だと、そういわれている気がしたのだ。

 だが、それはほんの一瞬。すぐに、何事もなかったように、アリスは視線を壇上に戻した。

「っ!」

 壇上に立つ人物を見て、アリスは息を止めた。

 緩いウェーブのかかった黑紫の髪。アメジストのように煌々と輝く紫の瞳。左目の下にあるなきぼくろ。白すぎる肌。守りたくなるような線の細いからだ。

 どれをとっても、リーナ・アーデントは、人並み外れた美しさを持っていた。

 リーナは、堂々と挨拶をし、言葉を並べる。

 退屈な筈の挨拶に、誰もが釘付けになった。

(いやはや、これほど素晴らしいお方とは。王権争い最有力候補と言われているだけある)

 アリスはうんうんと頷きながら、リーナの話に耳を傾ける。

 王族らしい堂々とした姿は勿論、思わず聞き惚れてしまうような、澄んだ声。要点だけを纏めた、簡潔な文章。どれもが完璧と言わざる負えない。

(それなのに何故、私よりも成績が低いというのか? 正直理解できない)

 アリスは、リーナが自分よりも優秀であるにも関わらず、自分より入学試験の結果が下であることに疑問を抱き、ひとり考え込んだ。

(女性故に、体力面がよくなかったのだろうか? いや、だとすれば、王女が騎士学校などには来ないか)

 アリスが考え込んでいる間にも、入学式は進み、いつの間にか、お開きになっていた。

 教室に続く渡り廊下をノロノロと歩く。と、後ろから肩を叩かれ、アリスは後ろを振り返った。

「リアム・リーベ様ですよね?」

 声をかけてきたのは、王家直属騎士団団長の息子、アラバン・ラナウェイだ。

 長い白金髪(プラチナブロンド)の髪を一つに縛り、横に流した青年。藍色の瞳は、好奇心を孕んでいる。

「アラバン・ラナウェイ様」

 アラバンの瞳を見つめ、静かに名前を呼べば、アラバンは、驚いたように目を見開いた。

 どうしたのだろうか、とアリスが首をかしげれば、アラバンは、いや………と口ごもる。

「リアム様のような公爵のご子息様に、名前を知っていただけているとは、思わず…………」

 アラバンは、言いにくそうに、けれども、貴族への軽蔑を隠すことなく、皮肉な笑みを浮かべた。

「俺は、入学生の名簿には一通り目を通しているからな」

 アリスは、リーベ家のリアムの演技を崩すことなく、言葉を返す。アラバンは、苦虫を噛み潰したような表情で、アリスを見つめる。

「君はたしか、剣術の試験では満点を叩き出した期待の星だろう?」

「満点ばかりの君に言われても、皮肉にしか聞こえないよ」

 アラバンは、敵わないな、と肩を竦めて見せた。

 どうやら、アラバンはアリスを試していたらしい。気に入らない相手だったら、試合を申し込むつもりだったようだ。

「君とは、いい友達になれそうだ」

「友達、ね………。まあ、これから暫くよろしく」

 アリスはアラバンが差し出した手をとり、握手をした。

 アリスは学校で親しい友人を作る気は更々なかったが、差し出された手を無下にも出来ず、まあ、いいかと内心溜息を吐いた。



 入学式から二ヶ月。

 廊下には、先日行われた、定期考査の結果が張り出されていた。一位の欄には、リアム・リーベの名。総合得点は、987点。

「流石だな、リーベ」

「リアムは安定の一位かあ。俺、補習なんだよなあ」

「別に、凄くはないよ」

 聞きあきた社交辞令を軽く交わし、アリスは親友の元へ急ぐ。

 凄いと思うどころか、憎いとさえ思っているくせに、それを出さずに笑っているのが気持ち悪い。アリスは内心そう毒吐きながらも、笑顔を崩さない。

(私のせいで、兄上の名を汚すわけには、いかないからな)

「よ、リアム」

「アラバン………」

 壁に身体を預け溜息を吐いたところで、同じクラスで親友の、アラバンに声をかけられた。

 二ヶ月たって、二人は親友になっていた。アリスが唯一本音で話せる相手、それがアラバンだったのだ。

(差詰、もうひとりのお兄ちゃんと言ったところか)

「リアムは相変わらずの一位かあ。ムカつくほど頭いいよな、お前って」

「父上に叩き込まれるだけ叩き込まれたからな! それに、この学校で習うことはどれも実に面白い」

 豪快に笑う様は、姿形こそリアムだが、口調はもはや、アリスそのもの。貴族らしさの欠片もない豪快さをアラバンは気に入ったようだが、他の生徒は本性を見たとたん、毛嫌いするだろう。

「全く、俺は毎日必死こいて勉強してるってのに………お前ってやつは…………」

 アラバンは、少し疲れたように肩を落とした。実力はあるが、教養に難があるアラバンは、父親からスパルタ指導を受けているらしい。

 アリスが教えることもしばしばあるのだが、赤点を免れるので精一杯だ。元々、座学は向いていないのだろう。

「なあ、リアム。助けてくれよお」

「君の家にお邪魔していいなら」

 すがり付いてくるアラバンに、アリスは仕方ないな、と微笑む。アラバンは「マジ神!」と、アリスを前に跪いていた。

 アラバンが大声で喚き、更には跪くせいで、何かあったのかと、周りの視線が二人に集まる。アリスは小さく嘆息すると、アラバンの首根っこを掴み、ずるずると引き摺って、一目のない場所まで移動した。

「それにしても。お前ってさ、人を家に招かないよな」

 アラバンは、引き摺られながら、思い出したようにアリスを見る。アリスは、曖昧に頷いた。

 家には本物のリアムがいる。アリスは、下手に学友を招いて、兄に気を遣わせたくなかったのだ。

「私の秘密を知って、絶対零度の氷に閉じ込められたいのかい? それとも、地獄の業火で焼かれる方が好みかな?」

 アリスは笑って、アラバンを脅して見せる。

 本当にそんなことをするつもりは毛頭ないが、脅しは大袈裟なくらいがいい。

(私の失態で家に迷惑をかけるのは、本望ではないからな)

 アリスは、怯えるアラバンにたいし、内心申し訳ないと思いながらも、仕方ないと、言い訳をしていた。

「お前が言うと、冗談に聞こえないから恐ろしいよ」

 アラバンは項垂れながら、もうこの話はしないよ、と白旗を掲げた。アリスはそれがいい、と頷くと、騒がしい廊下に、冷めた瞳を向ける。

「リアム………?」

「いや、なに。家柄と成績を自慢するばかりの傲慢な人間が集まったこの学校は、少々息苦しいと思ってな」

 首を傾げるアラバンに、視線を戻し、アリスは小さく肩を竦める。アラバンも、仕方ないさ、と眉を下げて笑った。

 でも、と続けたアラバンに、アリスは小首を傾げる。

「今年はまだマシじゃないか? 争ったところで、意味はないからな」

 アラバンは、多くの生徒に囲まれている女生徒を横目に、茶目っ気たっぷりに笑った。

「今年はリーナ王女がいるからな。どれだけ自慢しようと、一番にはなれないのさ」

 なるほど、とアリスは頷く。

 貴族であろうと、平民であろうと、王族の前では、みな頭を垂れなければならない。言い意味でも悪い意味でも、王族の前では平等なのだ。



 アリスは屋敷に帰ると早々に、リアムの部屋にむかった。

「兄上」

 アリスは、リアムの部屋の扉を三度ノックする。

「どうした? アリス」

 リアムは、アリスの顔をみると、優しく笑いかけた。

「兄上、今日はテストを返されたのだが…………」

 アリスは言い辛そうに、口を閉じる。リアムが先を促すように、頭を撫でて、やっとアリスは口を開いた。

「これ………」

 アリスは答案用紙をリアムに渡す。リアムはそれを受けとると、なになに、と一枚ずつ確認していく。

「八教科も百点をとったのか………。頑張ったな、アリス」

 リアムはアリスの頭を撫でてやると、もう一度、頑張ったな、と誉めた。

「だが、13点も失点してしまった」

 悔しげに言うアリスに、リアムは困ったように笑う。

「僕なら、赤点だらけだっただろうね」

「それは! 兄上の身体が弱いからであって、兄上は、私なんかよりもよっぽど頭がいい!」

 アリスはブンブンと首を横にふり、前のめりにリアムの言葉を否定する。リアムは少し仰け反りながらも、そうだとしても、とアリスを押し退けた。

「アリスはまだ三歳だぞ? それで七つも年上を相手に一位をとったんだ。凄いよ、アリス」

 アリスは納得がいかないようすで、リアムに撫でられている。リアムは困ったように笑い、アリスと目線を合わせるようにしゃがむ。

「アリスが凄くないというのは、君に負けた人たちに対する嫌味だよ? ちゃんと自分がどれほど凄いか認めて、次は今回と同じ悔しい想いをしないように精進する。それが、アリスのやるべきことじゃないのかい?」

 リアムは、アリスの頬を掌で包むと、下から指を通すようにして、髪を乱した。

「わっ! 兄上! 髪が乱れる!」

「乱してるんだよ」

 アリスは短い手でリアムの手を退かそうとするが、上手くいかず、大人しく髪を乱される。

(兄上の言う通り、私はもっと精進せねばな)

 アリスは自身の髪を楽しげに乱しているリアムを見ながら、次は満点を目指すと、張り切っていたのだった。



「これ、父上やリーリエ様に見せに行くか?」

 一通りアリスの髪を楽しみつくしたところで、リアムがヒラヒラと答案用紙をふる。

「そう、だな。二人とも、試験の結果を楽しみにしていた」

 アリスは表情を曇らせながら、コクリと頷いた。リアムは行くか、とアリスの髪を整えてやると、手を引き、リーリエの部屋に向かう。

「失礼します」

 リアムは一言断りをいれると、リーリエの部屋の扉をあける。

「あら、リアムにアリス? 二人揃ってどうしたんだ?」

 手を繋ぐ二人を見て、首を傾げたのは、部屋の主であるリーリエではなく、父のレオンハイルだった。

「父上、いらっしゃったんですね。それに、ミーナも………」

 リアムは驚いたように、目を見開く。レオンハイルは兎も角、リアムの専属メイドであるミーナがリーリエの部屋にいるなど珍しい。

 アリスも、口には出さなかったが、驚いた。

「何かあったのですか?」

「いいえ。ただ、少しお話をしていただけよ」

 三人が揃っているなど何かあると勘繰ったアリスは、眉間に皺をよせ、リーリエに目を向ける。リーリエはにこりと、悪戯っ子のように笑うだけだ。

 大したことではないだろうと踏んだアリスは、リアムを振り返る。

「自分で渡すか?」

 リアムに優しく問われ、アリスは小さく頷いた。リアムは笑って、アリスに試験の答案用紙を渡す。

 アリスはそれを暫く見つめると、決心したように、レオンハイルに差し出した。

「ん? ああ、試験結果が帰ってきたのか」

 レオンハイルは、答案用紙を一枚ずつ確認していく。レオンハイルの表情は、段々と険しくなっていき、溜息を一つ吐いたあと、リーリエにそれを手渡した。

「どうしたの? あら………頑張ったのね、アリス」

「お嬢様、凄いです! ねえ、旦那様」

 リーリエとミーナは、アリスの試験結果を見て、満面の笑みで、アリスを誉める。

 ミーナは、レオンハイルの顔を覗き込むようにして、同意を求めた。だが、レオンハイルは険しい表情のまま、何も言わない。

 不安になったアリスは、「父上………?」と、消え入りそうな声でレオンハイルの顔色を窺う。

 レオンハイルは、プルプルと身体を震わせると、アリスを──。

「ち、父上!?」

 力強く抱き締めた。

「流石、リーリエの娘! 可愛い上に腕がたち、頭もいい! アリスは自慢の娘だあ!」

 レオンハイルは、滝のように涙を流し、ひたすらに可愛いと天才を繰り返す。アリスは、慣れた様子で、よしよし、とレオンハイルの頭を撫でていた。

 リーリエはその様子を楽しそうに眺めている。リアムとミーナは、苦笑を浮かべながらも、微笑ましく見守る側に徹した。

 レオンハイルの可愛い攻撃は、暫く続けられたのだった。

 二年生になったアリス。

 学校の授業で、今まで雲の上のような存在だった相手と初めて接触する。二人は、どのような関係を気づくのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ