9 ミオ(ブロック服飾工房従業員)視点
※こちらはブロック服飾工房の一従業員のミオ視点です。ピナベーカリーのプチざまぁになっています。『』は壁越しに聞こえてきた主人公たちの会話。「」はミオたちの会話です。
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私が勤めるブロック服飾工房は、オッキーニ男爵領で最も繁盛している工房だ。オーナーであるレオナード様の結婚式のため、工房はお祝いを兼ねて五日間の休業となった。
その好機を利用して、仲良し三人組で近くに遊びに出かけ、帰ってきたところだった。私の部屋で三人仲良くおやつをつまんでいると、隣に位置するマリアさんの部屋の扉を叩く音が、壁越しに聞こえた。すぐに続いて、話し声も耳に入ってくる。
『ソフィアの結婚式は欠席したのね? いいのよ、気にしないで。 やっぱり自分が結婚するはずだったレオナード様と、ソフィアが一緒になるのを見るのは辛いものね。 ソフィアはとても綺麗だったわよ。大丈夫、あの子も怒っていないから』
『それはそうでしょうね。ソフィアは内心喜んでいたんじゃないですか? 風邪を引くように、湖へ私を突き飛ばしたのは、ソフィアなんですから』
そんな会話が手に取るように聞こえてきたのよ。
「そっか。マリアさんは妹の結婚式に出席しなかったのね」
「まあ、当たり前でしょ。だって、自分が結婚するはずだった人と妹が結婚するんだもの。普通なら耐えられないわよ。 自業自得だったにせよね」
私たちはみんな、レオナード様にマリアさんが嘘をついていたことを知っている。だから、レオナード様がマリアさんの妹と結婚することになったと聞いても、マリアさんに同情する人はいなかった。
「それにしても、ソフィアさんから湖に突き飛ばされたって、本当なのかな? もし本当なら、ひどい妹だよな」
「そのあたりはわからないわね。マリアさんが言ってるだけだし」
私とリナ、ケンは顔を寄せ合い、小さな声で評論家のように意見を言い合った。
『もう、4ヶ月ほどになるかしら? レオナード様と挨拶に来て以来、お給料を家に入れてなかったでしょう?』
マリアさんのお母さんの声。
「嘘みたい……マリアさんって、ずっと家にお金を入れていたってこと?」
「なるほどなぁ。つまり、嘘をついていたのは、両親と妹だったわけか。レオナード様は騙されたってとこだな」
リナとケンは顔をしかめる。私の眉間にも、自然としわが寄っていたと思う。
『カフェスペースを増築するほど、エピベーカリーは儲かってますよね? ソフィアも学園を卒業して、学費もかかりません。なのに、なぜ私がお金をあなたたちに渡さなければいけないんですか?』
『なぜって……ソフィアがレオナード様に嫁ぐときの嫁入り道具に、たくさんのお金が必要だったのよ。お姉ちゃんなんだから、そこは妹のために助けてあげる気持ちが大事よ』
その会話を聞いて、私たちは顔を見合わせた。
「うわっ、すごっつ! 母親が娘にお金をせびってる? しかも妹の嫁入り道具のために?」
リナは目を輝かせる。好奇心旺盛で、何でも面白がる性格だ。
その後の会話で、マリアさんは母親に「指輪を質屋に売ればいい」と言っていた。どうやら、マリアさんのお母さんは、かなり高価な指輪をしていたみたい。
「正解!」
私が思わず声に出すと、リナとケンも深くうなずいた。それでもマリアさんのお父さんは諦めきれず、マリアさんを冷たい子呼ばわりしていた。
驚いたことに、マリアさんは終始、きっぱりと拒絶していた。今までの彼女では考えられないほどしっかりとした口調だった。言っている内容は筋が通っていて、私たちは心の中で思わずマリアさんを応援したほどだ。
マリアさんから拒絶された後の夫婦の会話もひどかった。これからもまだ、マリアさんにお金をせびるつもりが満々な気持ちが伝わってきたのよ。
「マリアさんは、嘘なんてついてなかったんだな。俺、あれからずっと無視しちゃってたよ」
「私たちもそうよ。前は一緒に行動していたけど、あれ以来、彼女を避けていたもの……かわいそうなことしちゃった」
その後、私たちはブロック服飾工房の仲間たちに、聞こえてきた事実だけを話した。みんなも、やはり私たちと同じように驚き、レオナード様の言うことを信じて、マリアさんに冷たくしてしまったことを後悔したのだった。マリアさんはブロック服飾工房を辞めてしまったけれど、どこかで幸せになってくれればいいな、と思う。
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工房がお休みの日など買い物に行くたびに、私はついマリアさんの両親の噂を広めてしまう。巷では『町で評判の気立ての良いパン屋夫妻』と評価されていたから、余計に許せない気がした。
「ピナベーカリーのご夫婦は、ずっと長女からお金をせびっていたのよ。 なんでそれがわかったかというとね……」
季節の花をお部屋に飾ろうと、花屋さんに寄った時、私は聞いたままの事実を話す。事実しか言っていないから、悪口とは思っていない。
店主は目を丸くして「え、本当に? あの義理人情に厚いと評判のご夫婦が?」と驚いた顔を見せた。
小さな雑貨屋でバッグや靴、ハンカチなどを手に取り選んでいる時も、近くにいた顔見知りの女性客に話しかけた。
「そうそう、ピナベーカリーのご夫婦が娘にお金せびってたところを、偶然聞いてしまったという話に興味はありますか?」
女性客は驚きと笑みを交互に浮かべながら深くうなずいた。
洋菓子店でケーキを買った時も、店員にケーキを包んでもらう間中 、その話をし続けた。
それからしばらくして、ピナベーカリーの前を通ったら、いつもずらりと並んでいたお客さんが、めっきり減っていた。
(あらら・・・・・・私のせいかな?)
リナとケンに相談したら、自分たちも色々なところでしゃべってしまったと笑う。他の同僚も似たようなことを言っていたらしく「町で評判の気立ての良いパン屋夫婦」の化けの皮は、すっかり剥がれたのだった。