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「なぜって・・・・・・ソフィアがレオナード様に嫁ぐ時の嫁入り道具に、たくさんのお金が必要だったのよ。お姉ちゃんなんだから、そこは妹のために助けてあげる気持ちがだいじよ」


  母さんは、まるで当然の理を説くかのように、きっぱりとした口調で言い切った。その顔は自分が正しいと、一片の疑いも抱いていない表情だった。


「すでに、ソフィアはレオナード様の妻ですよ? 助けるべきは夫の役目です。花嫁道具を用意するのは、親の役目です。もし本当にお金に困っているのなら、まず母さんのその指輪を質屋に持っていけばいいでしょう? かなりの高値がつくと思いますよ」


  私は母さんの手を取った。指にきらめく指輪を、そっと撫でるように指先でなぞる。

「ずいぶんと高そうな指輪ですね? ダイヤの輝きもみごとで、とても素敵です」

  にっこりと微笑んで言うと、母さんの肩がわずかに震えた。


「こ、これはね、……昔から持っていて……たいした指輪ではないわ。こんなものを質屋に持っていっても、お金になんかならないのよ。キラキラと光っているだけで、ガラス玉のようなものなんだから……あっ、でも、だいじにしているから、とても手放せないわ!」


  母さんは早口で言い訳を並べ立てた。その声音には焦りがにじみ、言葉の端々が空回りしているように思えた。ちらりと視線を横にやると、隣に立つ父さんまでもが、居心地悪そうに目を伏せている。私の方を見ようとはせず、額に薄く汗を浮かべていた。


(やっぱり、この指輪はかなり高価な品なのね)


「お金になるかならないかは、実際に持っていかなければわかりませんよ。まずは試してみたらいかがですか?」

 私は穏やかな笑みを浮かべたまま、まるで子供に道理を教えるように優しく諭す。


(人にお金を出させようとする前に、まずは自分でお金を作る努力をするべきだと思うわ)


「マリア、そんな冷たいことを言うような子じゃなかっただろう? 可愛いソフィアが嫁ぐんだから、肩身の狭い思いをさせたらかわいそうで……だから今回は、ずいぶんお金を使ってしまったんだよ」

  父さんは、まるで罪を懺悔するかのように眉を下げ、申し訳なさそうな顔で私を見つめてきた。


(同情を引くような表情をすれば、私がお金を出すと思っているのね……もうその手は通用しないわ)


「ソフィアの嫁入り道具を返品して、お金を返してもらったらどうでしょう? それか、レオナード様に払っていただくのが筋だと思います。だって、彼はソフィアの夫なんですから。私が肩代わりしてあげる理由なんて、なに一つありませんよ」


 私はきっぱりと告げた。そして迷いなく扉をピシャリと閉め、さらに鍵までしっかりとかけてやった。廊下の向こうからは、なおも両親の言い訳めいた声が聞こえてくる。私は思いきり無視を決め込んだ。


 やがて、声は少し潜められ、ヒソヒソとした小声に変わる。けれど、この寮の壁はとても薄い。廊下での会話なんて、まるごと筒抜けなのよ。


「困ったわね……ソフィアの望むように、かなり上質の家具や衣装、それに宝飾品まで買ったし、結婚式の費用だって折半だったのに……」


「お前が余計な宝石などを買いあさったせいだろう? 結婚式でつける指輪なんて、わざわざ新しく買う必要なんてなかったんだ。マリアが言うように、その指輪を売ったらどうだ? 当面はしのげるかもしれないぞ」


「絶対に嫌よ! この指輪は、ずっと憧れてきた大粒のダイヤなのよ! それにしても、どうしてマリアは、急にあんなに冷たくなったのかしら? 前はもっと素直で、私たちに優しい子だったのに……」


「やはり、レオナード様をソフィアに奪われたから、拗ねているんだろう。もう少しすれば気分も落ち着いて、また俺たちを助けてくれるさ」


(まだ、私からお金を巻き上げるつもりなの!?)


  壁越しに響いてくる両親のやり取りに、思わず全身が総毛立った。


(四ヶ月分のお給料だけでも、あの人たちに渡さなくて本当に良かったわ。もう、こんな人たちに縛られる必要なんてないわね。ここを辞めて、隣の領地へ行こう!)


 決意は一瞬で固まった。両親の声が遠ざかり、やがてあたりに静寂が訪れる。彼らが帰ったことをしっかりと確かめると、私は急いで荷物をまとめ、辞表を作業場の自分の席に置いた。


 目指すは、サンテリオ侯爵が自ら経営しているという、サンテリオ服飾工房!


 そこはこの国で最も栄えるファッションの街であり、数多くの服飾デザイナーたちが夢と誇りを胸に集うことで知られる憧れの場所だ。


 胸が高鳴る。もしそこで働けるのなら、私の人生は変わるかもしれない。・・・・・・いいえ・・・・・・絶対に変えてみせる!





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