閑話-4
※ 食事前や食事中の方は、召し上がってからお読みになることをお勧めします。ちょっと汚いお話なので(..;)
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夜明け前。まだ空が薄暗い中、労役場の囚人たちは決まった時間に叩き起こされる。朝食として配られたのは、黒パンに温かいスープと果物。スープには野菜や肉が入っていてボリューム満点だ。
しかし、 ソフィアはブツブツ文句をつぶやいた。
「ブロッコリーは嫌いよ……肉の脂身も気になるわ。 味も薄いし最悪!」
目の下にはすでに隈があり、髪をまとめる時間もなく中途半端な団子結びになった。雑居房の囚人たちの歯ぎしりやいびきがうるさくて、よく眠れなかったのだ。
(あー、もう! お化粧もできないで一日を始めるとか、女としてどうなのよ?……囚人だからって身だしなみは関係ないってこと? 私はいつも綺麗にしていたいのに!)
看守の怒鳴り声が響く。
「新入り、ソフィアは下水路班に回す!」
(下水路?……なにかの冗談……よね?)
だが、手渡された掃除道具は、本格的に汚れた場所を掃除するためのものに見える。
・ひざ下までの防水加工の長靴。
・口元を覆うマスク。
・汚れを削り取るための重い鉄製ヘラ。
・長柄のブラシ。
・魔導浄化灯(汚れを浮かせるために赤く光る、どこか怪しい球体つきスティック)
(何よこの道具たち……こんなもの使って掃除なんかしたことないわよ)
ソフィアたちは看守に誘導され、薄暗い石造りの通路を歩いて下水路へ向かう。近づくにつれ、湿った空気に濃い臭気が混ざり始めた。
(…………は? 何これ? ちょっと待って、まだ下水路は見えてないのに、もう酷いニオイなんだけど……!?)
看守が淡々と言う。
「深呼吸はやめとけ。新入りはまず、浅く短く吸うんだ。そうしないと、多分気絶してしまう」
「どんな 毒ガスが発生してるんですか?……まさか……命の危険すらあるの!?」
「いや、それはない。ただ、嗅覚がやられて麻痺することがあるみたいだな。 もっとも、その方が仕事はしやすいぞ」
ソフィアの顔は完全に引きつっていた。
やがて、下方へ続く石階段が現れる。そこを降りると、薄暗い地下水路が広がっていた。中央の溝には緑色に濁った汚水がゆっくりと流れ、その側面や底には黒褐色のヘドロがびっしりと貼りついている。溝の両脇には、人ひとりが通れる幅の石製の通路が続いていた。
「排水溝に入ってヘラでヘドロを剥がし、綺麗にするんだ。固いところは浄化灯を当てろ。ただし加熱するから火傷すんなよ」
看守が注意事項を言う。
(……浄化灯って“綺麗にする系の光”じゃなくて“汚れを焼いて剥がす系の光”なの……? 私の柔肌が傷ついたらどうすんのよ!?)
浄化灯を当てた後、ヘラを溝の側面に押し当てて、えいやっと最初のひと削り。
その瞬間、黒褐色のヘドロの裏から、蛆虫っぽい何かが、にょろり、と顔を出した。
(うああああああああああっっっっ!!)
喉の奥で悲鳴が炸裂する。
よく見れば、淀んだ排水の中にも、絶対に触りたくない形状の虫が、けっこうな数、潜んでいた。ヘラを動かすたびに、ヘドロの親分みたいな塊がぼろぼろと砕けて崩れ落ちる。そのたびに臭気が一段階ずつ濃くなって、鼻の奥がズキズキ痛むくらいの悪臭になる。
(鼻が曲がるぅ……! くさっ……ムリ、吐きそう……!)
意識が飛びかけた。
周囲のベテラン囚人たちは、淡々と作業を進めながら、ときおりソフィアをちらりと見やる。
その視線には、「そのうち慣れるよ」という諦めまじりの励ましが宿っていたのだが、心のねじ曲がったソフィアには「さっさと働けよ、愚図」と言われているようにしか思えなかった。
ソフィアは震える手で鉄製のヘラを握りしめたまま、遠い目をして自分の境遇を嘆く。
(……ほんの少し前まで、“話題の美人デザイナー”とか呼ばれてたのに……。壮絶な転落人生だわ…… )
そうして、ソフィアの長い一日が始まった。




