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「レオナード様、信じてください。私は嘘なんて言っていません!」
どんなに訴えても、レオナード様は両親と妹の言うことを信じてしまった。働いてきたお金をずっと両親に渡していた証拠など、どこにも存在しない。受け取った両親が「もらっていない」と言えば、それまでだ。それに、今のピナベーカリーはとても繁盛しており、かつて潰れそうだった5年前とはまったく違っていた。
「お姉ちゃんが、本当にごめんなさい。それにしても、信じ切っていたレオナード様がかわいそうです。なんてお慰めしたらいいのか……」
ソフィアは穏やかな笑みを浮かべ、レオナード様の腕にそっと手を添えた。その笑みには、慰めと励ましのやさしさが込められていた。
「本当に申し訳ありませんね、レオナード様。私たちのほうでマリアを叱っておきます。婚約破棄の件は承知いたしました」
母さんと父さんは何度も頭を下げ、繰り返し謝った。
「ソフィアちゃんはルクレール女学院を卒業してからずっとカフェで頑張っているのに、マリアちゃんは意地悪だねぇ。ひがむのも大概にしなよ」
顔見知りのおばさんが、私に説教するように言った。この場に、私の味方はひとりもいない。
レオナード様が帰った後、私は母さんや父さん、ソフィアにパンの焼き窯がある厨房の奥に引っ張られた。
「マリア、すまない。こらえてくれ。うちは美味しいパンと飲み物を、心が温まる接客で提供している、仲良し家族が売りの店なんだ。マリアに働かせ、ソフィアだけ学園に行かせていたなんて噂が広まったら、ひどい家族だと思われて……客足が遠のいてしまう」
父さんは眉尻を下げ、私に頭を深く下げた。
「そうよ。マリアは勉強が嫌いで針仕事が好きだから、自ら進んでブロック服飾工房で働いていることになっているの。私たちが学園進学を諦めさせ、お給料を全部入れさせていたなんて知られたら、イメージダウンよ。店の信用問題になって、売り上げに響いてしまうわ」
母さんは涙を浮かべ、私に謝った。
(よくわからない……本当のことを知られると、パンが売れなくなるの……?)
事実を言っただけなのに、それが家族を困らせる『言ってはいけないこと』だなんて、今まで知らなかった。
「お姉ちゃん、ごめんね。あぁでも言わなければ、私が自分だけいい学校に行ったわがままな子だと思われちゃうの。そうしたらきっとカフェの売り上げも落ちてしまうわ。ごめんね……お姉ちゃん、許して。大好きよ」
(……私さえ我慢すれば、すべてうまくいくの……?)
3人に謝られ、怒るべきか、泣くべきかもわからなくなった。
(私はどうすればいいんだろう……)
ブロック服飾工房に戻ると、1階の作業場にはレオナード様がいて、憎々しげに私を睨んでいた。
今日は平日で、作業場ではみんなが働いている。ピナベーカリーは休日にお客様が多いため、比較的すいている平日に挨拶に行ったのだ。
「まさか、そんな嘘つきだとは思わなかったよ。本当ならやめてもらいたいところだが、一度でも妻にしようと思った女性だ。このまま雇ってあげるから、婚約が破棄されたことは自分のせいだと、みんなの前で言ってくれ。僕が心変わりしてマリアを捨てたなんて思われたら、工房のみんなに白い目で見られてしまうからね」
作業場にいた同僚たちは、その言葉に一気にざわついた。
「婚約を破棄された? 一体どういうことなんですか?」
「あんなにラブラブだったのに、どうしたんですか? レオナード様、マリアさんがかわいそうです」
「ほら、聞いただろう? こうやって僕が責められてしまうじゃないか! みんなの前で、なぜマリアが僕から婚約破棄されたのか、その理由を教えてあげてくれ!」