46 サンテリオ侯爵視点
※サンテリオ侯爵視点
私は慌てて筆頭秘書の言葉を撤回させようと口を開く。
「いや、待て。そんなことは命令しておらんぞ」
「……でも、気になっておられるんですよね? さっきから同じ書類を穴があくほど見つめていらっしゃいますが、それはもうとっくにサインは済んでいます。とにかく、お早めに昼食をお召し上がりください。午後の予定も詰まっていますので」
軽く笑った筆頭秘書は、私が弁解する隙も与えず、さっさと騎士たちをレストランへと送り出した。
(……くそ。図星を突かれた形になるとは)
私はマリアとアリューゼ卿のことが頭から離れず、味わう余裕もなく昼食を終え、結局、落ち着かないまま仕事へと戻った。
書類の山を何とか処理していくうち、不意に執務室の扉がノックされた。
「騎士達が戻りました。……マリアさんの様子について、報告させていただきます」
筆頭秘書がどこか気まずい表情で姿を現し、続いて数人の秘書も中に入ってくる。
「お伝えしにくい内容ですが……マリアさんは、とても楽しそうだったそうです。アリューゼ卿とすっかり意気投合したようで、彼女は何度も声を上げて笑っていたとか……。報告では、まるで恋人同士のように見えたとのことでした」
(……恋人同士、だと? 今日初めて顔を合わせたはずだろう? それほど親しくなれるものなのか? 私はあれほど気を配り、さりげなく好意を示してきたのに……なぜ、私との距離は縮まらない?)
「そんなに話が弾むはずがない。おそらく……騎士達の見当違いだ。アリューゼ卿は女性慣れしているようには見えなかったし、マリアも初対面の異性にいきなり心を許す性格ではない」
否定の言葉を並べる私に、秘書の一人が首を横に振った。
「世の中には、一目惚れというものがありますからねぇー。出会ってすぐでも、お互いにビビビッとくるものがあれば、時間は関係ないんですよ」
(ビビビッだと?……一目惚れ? そんな軽い言葉で片づけられるはずが……いや、本当に……そうなのか? アリューゼ卿とマリアが、そういう気持ちになったというのか? たった一瞬で?)
否定すべき言葉が、喉まで出かかっていたのに、続かなかった。
「つっ……おまえたち、侯爵様を刺激するな!……」
筆頭秘書が眉間に皺を寄せる。不穏な空気が漂い、まわりの秘書たちが一斉に青ざめた。
「へっ? あわわっ……まさか侯爵様はマリアさんに惚れていらっしゃる?……す、すみません、気がつかなくて」
「え? 本当に?……そのぉ……侯爵様の片思い、なんですか?」
「おいバカ! 直球で言うな! 午後からの仕事が全部吹き飛ぶだろうが!」
秘書たちの狼狽が飛び交う中、勘の鋭い筆頭秘書だけは深くため息をつき、こちらをまっすぐに見据えた。
「侯爵様」
「……なんだ?」
「だいたい、それだけの美貌と地位と富を持ちながら、遠慮し続けておられるから、こうなるのです。もし侯爵様のお気持ちに応えられないなら、マリアさんはきっぱりとお断りになるでしょう。彼女の実力なら、いつでも独立する道があるのですよ? 上司の圧に負けて言いなりになる女性ではありません」
「そうですよ、侯爵様! “当たって砕けろ”って言うじゃありませんか!」
(砕ける? ……やはり振られるのはほぼ確定なのか? ……マリアは大男が好きだったのか? ……道理で私との距離が縮まらないわけだ)
胸の奥に吹雪が吹き荒れる。だが、このまま諦めたくない気持ちもあって……
私は一度、ゆっくりと目を閉じた。彼女を不当に縛りつけないために距離を保ってきた。私には権力があるから、嫌でも逆らえないだろうと思い込み、正面からの愛の告白を避けていたのだ。だが――その結果、私は何も伝えられず、ただ傍観しているだけの男になりかけている。
(もし彼女が他の男と笑い合う未来を、ただ見ていることしかできないのなら……私は後悔を抱えたまま、この先の人生を生きることになる……)
唇をかすかに引き結び、私は静かに決意した。
(今夜だ! ……この想いを、きちんと伝えるぞ!)
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※サンテリオ侯爵の秘書は全員男性をイメージして書いております。
※いよいよ、サンテリオ侯爵がマリアに告白します!




