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胸の奥がざわつく。理解できない気持ちと、戸惑い、少しだけ恐怖にも似た感情が混ざった。
私はただ、目の前で展開しているこの状況を、どう受け止めればいいのかわからなかった。
「どういうことなんですか? 僕はマリアからそう聞いていたんですが・・・・・・」
「マリアはね、 実は幼い頃から虚言癖があったのですよ。マリア! おかしな嘘をつかないでちょうだい。人聞きが悪いわよ。私たちがそんなことをするわけがないじゃないの!」
「そうよお姉ちゃん。 まるで私だけがひいきされてきたみたいに言わないで欲しいわ。 自分が学園に行きたくないって言ったんじゃない!」
「・・・・・・そうだぞ。 おかしな噂が広まってしまうじゃないか! うちはお客様商売なんだ。マリアだけ働かせて、ソフィアだけをいい学校に行かせたなんて、他人が聞いたらどう思う? 悲劇のヒロインごっこも、いい加減にしなさい」
沈黙していた父さんまでもが、そんなことを言い出した。
「 ちょっと待って。 みんな何を言ってるのかわからないわ・・・・・・ だって私はピナベーカリーのために、お給料をずっと渡していたでしょう?」
「私たちがあなたのお金を全部取り上げていたですって? どこにそんな証拠があるの? 私たちを貶めるなんて、信じられない・・・・・・レオナード様、本当にお恥ずかしい限りですが、この子の言ったことは全部嘘ですよ」
母さんは困ったように苦笑いを浮かべ、 手を軽く握りしめながらため息をつく。
「いや・・・・・・マリアは・・・・・・非常にまじめで・・・・・・嘘をつくなんて、考えられません」
レオナード様は肩を小さくすくめ、私の顔から母さんたちへと視線を泳がせ、どう反応すべきか迷っているようだった。
「ですが、このお店を見ればわかるでしょう? どこからどう見ても儲かっているように見えますよね? お姉ちゃんが、学園にも行かせてもらえないような状況だったと思えますか? どっちが嘘をついているかなんて、この店の繁盛を見ればわかるじゃないですか?」
ソフィアは得意げに、ピナベーカリーの店内を指さした。
キョロキョロと辺りを見回したレオナード様が、深くうなずく。
「一方的にマリアの話だけを聞いて、失礼なことを言って申し訳ない。確かにこの店は立派ですし、繁盛しているようです。とてもマリアを学園に通わせられなかったとは思えませんし、マリアにお金を要求するほど困っているようには見えませんね」
「その通りです。お姉ちゃんは、レオナード様の気を引きたくて嘘を言ったんだと思います。でも、許してあげてくださいね。だって、お姉ちゃんはいつも私の引き立て役だったから」
ソフィアは可愛らしい声でそう言うと、私を庇うように抱きしめた。
「そうね、マリアはかわいそうな子です。妹が可愛くて頭がいいことを悔しく思って、レオナード様と結婚できたら、自分が優位に立てるとでも思ったのかもしれませんね」
母さんも「かわいそうに」と言いながら、私を抱きしめた。
「マリアの気持ちも分からないではないが、家族を貶めて自分をよく見せようなんて卑怯者のすることだぞ! そんなことでレオナード様の気を引けたとしても、こうやって悪事はいつかばれてしまうんだぞ。しかし、マリアは大事な家族だ。嘘をついたことは感心しないが、許してあげよう」
父さんも芝居がかった仕草で、私を抱きしめた。
(なぜ私が嘘つきにされているの・・・・・・?)
レオナード様の私を見つめる眼差しが、次第に冷たくなっていく。やがて声を荒げて、私を責め立てた。
「・・・・・・ なんてことだ! マリアにすっかり騙されていたよ。 僕は君の誠実さや家族思いのところを素晴らしいと思っていたのに、 それが全部嘘だと分かった今、すっかりマリアへの愛は冷めてしまった。いや、それどころか嫌悪感でいっぱいだよ。この婚約は破棄させてもらうぞ!」
ピナベーカリーの店内に響き渡る怒声に、パンを頬張りながら紅茶を楽しんでいたお客さん達がざわついた。その中には、近所の顔見知りもいて、私に一斉に非難の目を向けたのだった。