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 ベンチに腰を下ろすと、私はサンドイッチを差し出した。

「実家のコッペパンにハムやチーズを挟んだんです。よかったら召し上がってください」


 レオナード様は一口食べ、目を細めた。

「うん、おいしい。やっぱりマリアは、何でも器用にこなしてしまうのだね。料理もセンスがいいよ」


 そのまま二人で、静かに噴水の周りを散歩したり、おしゃべりを楽しんだ。普段は忙しさに追われる日々だけれど、今日は時間がゆっくり流れているように感じられた。


 やがて、レオナード様は少し照れたように、でも真剣な眼差しで言った。

「マリア。君となら、ブロック服飾工房を一緒に守っていけると思う。もしよければ、結婚して僕を支えてくれないか? お金の苦労をさせることは絶対にないから。君のような家族思いで誠実な女性と、一生を共にできればと思っている」

 私は驚きで目を見開いた。


 レオナード様はオッキーニ男爵領で一番大きな服飾工房を構える、とても裕福な経営者。私にとっては雲の上の存在で、到底妻になることなどできないと思っていた。


「私のようなものがレオナード様のパートナーになって良いのでしょうか? ご存知の通り、学園も卒業していませんし・・・・・・不釣合いです」


「バカを言わないでくれ。確かに僕は裕福だけれど、貴族ではない。自分を卑下することはないんだよ。だって君は家族を守るために働きに出たんだろう? それが何より素晴らしいと僕は思っている」


(自分の頑張りが認められたことが素直に嬉しい! こんなに素敵なことが現実にあるなんて・・・・・・)


「ありがとうございます! 私、レオナード様にふさわしい女性でいられるように頑張ります」


「いや、君はそのままでいいんだよ。最高に素敵な思いやりのある女性だからね」


 その場で婚約指輪を渡され、翌日には服飾工房の同僚たちの前で、私たちの婚約が発表された。一緒に働いていた同僚たちは、口々に私を祝福してくれる。私の両親にはまだ報告していなかったけれど、この国では18歳で成人。平民同士なら二人の同意だけで婚約は成立する。


 ちょうどその頃、私の実家では、ソフィアがルクレール女学院を卒業していた。両親は妹のためにピナベーカリーを増築し、パンを並べて売るスペースの横に、紅茶などの飲み物を出すカフェを作った。可愛らしい内装で、ソフィアが着るエプロンドレスも特別に作られ、そこで飲み物を作ったり運んだりできるようになっていた。

「ソフィアはますます美しくなって、すっかりピナベーカリーの看板娘ね。こうしてカフェを作れば色々な人が店を訪れるでしょうし、エクレール女学院を卒業したソフィアですもの。きっと素敵な男性に見初めてもらえるはずよ」

 母さんはうきうきとした表情で声を弾ませた。


 そのタイミングで、レオナード様は私の実家に結婚の挨拶に行きたいと言ってくれたのだった。 当日、レオナード様はピナベーカリーに着くと、すぐに褒めてくれた。

「想像していたよりもずっと立派なパン屋さんなんだね。横にはカフェも併設されているじゃないか。ずいぶん綺麗だ」

 

 店内に入ると、ソフィアがやってきて、私とレオナード様を見て不思議そうに首を傾げた。

「お姉ちゃん、今日は珍しく男性と一緒なのね? 誰なの?」

「こちらはレオナード・ブロックさんよ。私が勤めているブロック服飾工房のオーナーさんで、父さんと母さんに挨拶に来てくれたの」

「挨拶? まさか、お姉ちゃん、職場をクビになったの? そんなの困るわ。今更戻ってこられても、お姉ちゃんの部屋は私が使っちゃってるのに」


 私は慌てて誤解を打ち消した。

「違うのよ。私たち、結婚するということを報告しに来たの」

「そうなんですよ。君の素晴らしいお姉さんを、ぜひ僕の妻に迎えたくてね。君はお姉さんのおかげでルクレール女学院に行けたんだろう? そんな家族思いのマリアは、僕にぴったりだと思ってね」


 両親がパン売り場の奥ーー厨房からこちらに向かって歩いてきた。その両親にも、レオナード様はにこやかに話しかける。

「あなた方の素晴らしいお嬢さんを、ぜひ妻に迎えたいと思っています。マリアは働き者で、夜が明ける前からこのパン屋を手伝い、あなたたちを支えるためにお給料も全部渡していたのでしょう? かわいそうに・・・・・・学園に行くことも諦めて・・・・・・これからは僕が少しでも楽しい時間を、マリアに過ごさせてあげたいと思っています」


 しばらく無言を貫く両親とソフィア。


(なんでこんなに気まずい空気が流れているの・・・・・・?)


 てっきり両親もソフィアも、私の結婚を喜んでくれると思っていた。なのに、返ってきた言葉はあまりにも意外だった。


「え? お姉ちゃんはただ勉強が嫌いだったから、学園に行かなかっただけですけど」

 ソフィアは眉をひそめ、私を鋭く睨んだ。


「マリアはパン作りが好きなので、頼んでもいないのに手伝いに来たがるだけですよ。それに、お給料を全部取り上げるなんて……私たちがそんな酷いことをマリアにすると思いますか?」

 母さんも心外だというように、顔をしかめている。


(えっ……いったい、なにが起こっているの……?)


 私は頭の中が真っ白になった。


(父さんは……どうして黙っているの?)



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