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「もしかして……この人たちって、あの最悪なマリアさんの家族? サンテリオ服飾工房のエントランスホールで騒いでたって、受付のサマーさんから聞いたの。マリアさんが大変だったって。夕食に誘ったのはその件もあったからで、マリアさんを元気づけようと思ったんだけど……この人たち、帰ってなかったんだ」

「うん。みっともないところを見せちゃって、ごめんね。恥ずかしいわ」

「ううん。全然、マリアさんが恥ずかしがることなんてないわよ。だって、マリアさんは何も悪くないじゃない。ちょっと! 私の親友につきまとうのはやめてください。サンテリオ候爵様を呼びますよ!」


 カエリンさんは私のために怒ってくれたけれど、そんなことでひるむような人たちではない。

「さっきはサンテリオ候爵様の工房で騒いだからつまみ出されたが、今は公道の上だし、誰にも迷惑はかけてない。親が娘に会いに来て話をするだけなのに、いくら領主様でも俺たちに口出しできるはずないだろう」


  父は薄ら笑いを浮かべ、どこかずる賢そうな目で私たちを見やった。


(善人面することはやめたみたいだけれど、相変わらず私からお金をせびるのが当然と思っているようね)


「そうよ。お姉ちゃんの親友だか何だか知らないけど、身内の話に首を突っ込まないで。あなたには関係ないでしょう」

  ソフィアはカエリンさんを睨みつけ、その目には敵意と見下す気持ちが滲んでいた。


「マリア。せっかくここまで来た私たちを、そんなふうに邪険にするなんて、人としてどうかと思うわ。親には敬意を払い大切にする――それが娘のあるべき姿だわ」

  母はまるで私を教育する教師のような口ぶりで説教する。けれどその言葉の端々には、押し付けがましい自己中心さと、私を支配してやろうという魂胆が透けて見えた。


「とにかく、こんなところで騒がれても困るわ。とりあえず、あそこのカフェレストランに入りましょう。カエリンさん、申し訳ないけど、今日は煮込みハンバーグを食べに行けそうにもないわ」

「マリアさん、1人で大丈夫なの?  私も一緒について行こうか?」

「ううん。カエリンさんは アリスちゃんのお迎えがあるでしょ?  早く食材を買って、お迎えに行ってあげないと間に合わないわよ」

「あっ、そうだったわ……心配だけど保育園が閉まっちゃうから行くね。なにかあったら相談してよ。 絶対だよ」


 私はうなずき、軽く手を振ってから三人を先導し、近くのカフェレストランへ向かった。窓の外には夕陽が差し込み、店内の木のテーブルが橙色に染まっている。飲み物だけを注文し、丸テーブルを囲むようにして四人で腰を下ろす。


「お姉ちゃん、今までのことは本当に悪かったと思ってるの。ごめんなさい。お姉ちゃんからレオナード様を奪ってしまい、とても後悔してるわ。あの人、思ったより全然使えないから、お姉ちゃんに返してあげる。だから、許して……私にドレスを作ってくれるでしょう?」


「今さら、返されてもいりません。私とレオナード様は、三年前に終わってるの。あれだけひどいことをしておいて、どうして私があなたのためにドレスを作ると思ったの? 湖に突き飛ばされたあの日、私は生まれ変わったのよ。ソフィアに利用されるだけの人生なんて、二度とごめんなのよ」


「そんなに冷たい人だとは思わなかったわ。お姉ちゃんってひどすぎる。私のドレスぐらい作ってくれてもいいじゃない?」


(ひどいのはどっちなのよ?  あまりにも勝手すぎるわ……)


「私はサンテリオ服飾工房に所属するデザイナーよ。もしソフィアにデザインしてあげるとすれば、サンテリオ服飾工房を通して契約することになる。あそこで作るドレスが一着いくらするか知ってるの?」


「だってお姉ちゃんはすごく稼いでるんでしょう? そんなお金、すぐに出せるでしょ」


「確かに出せるかもしれない。でもソフィアのためには使わないわ。私は、ソフィアに貢ぐために働いてきたわけじゃない。父さんと母さんにも同じことを言うわ。 私はもう、利用されるだけの人生には戻りたくないわ」


「利用されるなんて、 そんな人聞きの悪いこと言わないでよ。『 お姉ちゃん』なんだから親や妹を助けるのは当たり前でしょ」


「『助ける』とは、具体的にどういうことを指しているのかしら?」


「そんなのわかりきったことじゃないの!  お金よ、お金を私たちに渡しなさい。もらうまでは諦めないわよ。 親子の縁を簡単に切れるなんて思わないで」


「私がお金をあげなかったら、どうするつもりですか?」


「もちろん、どこまでもつきまとうわよ! またサンテリオ服飾工房に行って、マリアがどれほど薄情な娘かを大声でわめき散らしてやるわ。あそこに出入りするお客様、全員に言いふらしてやるんだから!」

 母は鬼のような形相で私に迫った。かなりお金に困っているようだった。


「そうだとも! それほど成功したんだから、俺たちをいくらでも養えるだろう? あぁ、そうだ! ……パン屋を開くのは諦めるよ。ただ、住みやすくてきれいな広い家と、毎日美味しい物が食べられるだけでいいんだ。マリアにとっては簡単なことだろう?」

 父は自分の名案に酔いしれるかのように、ニタリと笑った。


「それ、賛成だわ。父さん、いいこと言うじゃない。パン屋なんてやったって大変なだけだもの。お姉ちゃん、私も快適な家に住ませてくれて、美味しいものが食べられるだけで十分よ。あと、たまにドレスを作ってくれれば上等。あ、お小遣いもよろしくね。お姉ちゃんにとっては、どうってことないでしょう?」


 ソフィアは夢見るような顔で、頬を染めながら目を輝かせる。


(……さっぱり、話が通じないわね。でも、これで十分……)


 私は穏やかな笑みを浮かべながら、《《ある物》》を取り出したのだった。




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