21
ソフィアは、警備の騎士たちに引きずられていくレオナード様を、青ざめた顔で見つめていた。
けれど、次の瞬間には何事もなかったかのように私の方へくるりと向き直り、天使のような笑みを浮かべた。
「大好きなお姉ちゃん! ねぇ、私にドレスを作ってくれるでしょう? お願い。ルクレール女学園の同級生がお姉ちゃんにデザインしてもらったって、自慢してたの。私も同じような──」
「あなたの期待には応えられないわ。悪いけど、ソフィアとは、もう二度と関わりたくないの」
ソフィアの言葉が最後まで届く前に、私ははっきりと遮った。その瞬間、ソフィアの笑顔が固まった。けれど、私の心は一片も揺れなかった。
両親が、あわてて私の前に出てくる。
「私はマリアの母親なのよ! 産んで育ててもらった恩を忘れたの?」
「そうだぞ。俺たちがいなければ、お前はこの世にいなかったんだ」
私は短く息を吸い込み、静かに、けれどはっきりと告げた。
「その点だけは感謝しています。でも、これまでのことを考えれば、あなたたちとは距離を置きたいんです。私はもう『他人』です。どうか、そう思ってください」
その言葉に、三人は呆然と立ち尽くした。ソフィアも、両親も、私がここまで明確に拒絶するとは思っていなかったのだろう。目を見開き、まるで別人でも見ているかのように私を見つめていた。
「……お話は、これで終わりですね。申し訳ないが、これ以上の滞在はご遠慮願いたい。お引き取りを」
静かなサンテリオ侯爵様の声だった。だが、その静けさが、どんな怒号よりも重く響いた。騎士たちが無言で前に進むと、ソフィアの顔色が変わる。
「ちょ、ちょっと待って! 私は妹なのよ! 離して! お姉ちゃんとゆっくり話をさせてよ!」
甲高い声がエントランスホールに響き、母の怒鳴り声がそれに続く。
「そうよ! 私たち家族なのよ! トップデザイナーの母親を引きずるなんて、どういうつもり!? こんな扱い、許されると思ってるの!?」
必死に騎士の腕を振りほどこうとするが、相手は屈強な男たちだ。抵抗など通じるはずもない。
足をばたつかせ、髪を乱し、醜く喚き散らすその姿は、見ている私の方が恥ずかしくなるほどだった。
「やめてよ、腕を引っ張らないでったら! お姉ちゃん、私たちを追い出させないでよ! 二人っきりの姉妹でしょうぉーー!」
ソフィアの声は次第に涙まじりの悲鳴に変わり、ついには靴が片方脱げたまま、騎士たちに引きずられていった。
その後ろで、父も騒ぎ立てながら抵抗しようとしたが、すぐに腕を押さえられ、最後には騎士のひとりに担がれるようにして、建物の外へと追い出されたのだった。
残された私は、ウィルミントン侯爵夫人に深く頭を下げた。
「このような騒ぎをお見せしてしまい、申し訳ありません」
夫人は静かに首を振り、穏やかな笑みを浮かべた。
「いいのよ、マリアさん。あなたは悪くないわ。むしろ、よくあそこまで冷静に対応なさったと思うわ。もし何か困ったことがあったら、遠慮なく私を頼ってちょうだい」
その声は上品で、胸の奥まで沁みるように優しかった。優雅にスカートの裾を払い、夫人は魔導馬車へと乗り込む。豪奢な扉が静かに閉じ、魔導馬車が動き出した。私は遠ざかる馬車を見えなくなるまで見送った。
エントランスホールに戻ると、受付の女性、サマーさんが心配そうに駆け寄ってきた。
「マリア先生……大丈夫ですか? 私も家族とは色々あって、とても他人事とは思えませんでした。それにしても、さっきの男性……いきなり抱きつこうとするなんて、本当に怖かったですね」
「えぇ。あの人は、三年前に婚約していた相手なんです。両親や妹の嘘を信じて、私に婚約破棄をして妹と結婚した人なんですよ。もう終わったことなのに、今さら『迎えに来た』なんて言われて、ただ驚いてしまって……」
サマーさんが気の毒そうに眉尻を下げたその時、背後から低く落ち着いた声が響いた。
「マリア。……少し話があるんだが、いいかな?」
振り返ると、サンテリオ侯爵様が静かにこちらを見つめていた。
「はい、もちろんです」
サンテリオ侯爵様は、私を最上階の自分の執務室に来るようにと促した。
彼の表情は穏やかだったが、瞳の奥には怒りが滲んでいた。
「先ほどの男は元婚約者だと言っていたね?……あの男の言動は見過ごせなかった。いきなり抱きつこうとするなんて、怖かっただろうに。本当に大丈夫かい?」
はっきりとした苛立ちが感じられて、私は思わず肩をすくめて、そっと目を伏せる。
「えぇ、まさかここで再会するとは思っていませんでしたから……少し驚きましたけど、もう他人です。それより、お騒がわせしてしまい申し訳ありません」
侯爵様の眉がわずかに動いた。
(あんな場所で、私の家族や元婚約者があんなにも場違いな言動を……。サンテリオ侯爵様は、きっと私にもお怒りなのだわ。あぁ、本当に申し訳ない。穴があったら入りたいくらい……)
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※実は、サンテリオ侯爵はマリアを特別な女性として想っています。
けれど当のマリアは、恋愛には鈍感……その想いにはまったく気づいていません。
そして、ソフィアと両親も、まだ完全には諦めていない様子。
本当のざまぁは、マリアの恋や色々な話を挟みつつ、ここからが本番です!