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20 レオナード視点-5

 ※レオナード視点



「それに、本当に妹さんなら、いきなり職場に押しかけたりはしませんよね? マリア先生にドレスを依頼される場合、今ご予約いただいても……半年先のご案内になりますよ」


 その言葉は、マリアがもう別世界の人間になったことを、僕たちに突きつけるものだった。

 ソフィアは目を見開き、隣の両親は口をぽかんと開けたまま立ち尽くす。僕はただ呆然と、受付の奥に伸びる、磨き上げられた廊下を見つめることしかできない。


 その時だった。廊下の奥にある魔導エレベーターの扉が静かに開き、そこから現れた女性と視線がぶつかった。


「マリア! あぁ、良かった……本当に()()マリアだったんだね! あの時は本当にごめん。こいつらに騙されて、君を疑ってしまった……僕は被害者なんだ。あれから死ぬほど反省したんだ。だからこうして、はるばる迎えに来てあげたのだよ。一緒に帰って、今度こそ結婚しよう。ブロック服飾工房は君を歓迎するよ!」


 ソフィアが慌てて割って入った。

「お姉ちゃん、私よ。妹のソフィアよ。すっかり洗練されちゃって、すごくきれいになってるけど、間違いなく私のお姉ちゃんよね? 会いたかったわ! ねぇ、お姉ちゃん、お願い。私のドレスを作って!」


「マリア! いきなりいなくなったから心配したのよ。実はピナベーカリーが潰れてしまったの。 私たちを助けてくれない?」


「マリア! 連絡もよこさないなんてみずくさいじゃないか。まあ、許してやるさ。俺たちは家族だからな! 早速なんだが、父さんたちを助けておくれ。 ピナベーカリーを再開したいんだ。いっそ、このサンテリオ侯爵領で店を出してもいいな。トップデザイナー、マリアの家族のパン屋と聞けば、大繁盛間違いなしだろ!」


 マリアの装いはサンテリオ服飾工房の看板デザイナーらしく洗練されていて、まるで別人のように見えた。シャンパンゴールドのブラウスに、同色のロングスカートを纏い、靴まで同じ色で統一している。


 柔らかな光沢を帯びた生地が、彼女の動きに合わせて静かにきらめく。髪は複雑に美しく結い上げられ、ゆるやかな曲線を描く編み込みのあいだから、淡く光を反射する髪飾りには、こちらもシャンパンカラーのトパーズが輝いていた。


 次の瞬間、魔導エレベーターから、もう一人の女性がゆるやかに姿を現した。

 それだけで、空気が変わる。


 深いワインレッドのドレスは、上質な絹に金糸の刺繍が流れるように織り込まれ、歩くたびにかすかな光を散らす。首元には月光を閉じ込めたような大粒のパールが連なり、手首には小粒のパールのブレスレットが、月の雫のような淡い光を揺らめかせていた。


 背筋の伸びた立ち姿は、ただそこにいるだけで人を黙らせる威厳があった。所作ひとつ、視線の動きひとつまでが計算されたように優雅で、まさに典型的な貴族という印象だ。


(おそらく、この方がウィルミントン侯爵夫人なのだろう)


 夫人は、僕たちを一瞥し、わずかに眉をひそめると、艶のある低い声で言った。

「マリアさん。この……物乞いのような方々は、お知り合いなのかしら? その男性など、あなたの名声にすり寄り、利用しようとする結婚詐欺師にしか見えませんわね」


(なっ、なんだって! 貴族だからってずいぶん失礼じゃないかっ! マリア、否定してくれるよな? 僕たちは心を通い合わせた仲だろう?)


「はい。ウィルミントン侯爵夫人のおっしゃる通りだと思います」

 その一言で、豪奢なロビーの空気が一瞬にして凍りついた。

 僕の心も、同時に。


「やっぱり、私も怪しいと思っていました! この男をつまみ出してください!」

 受付の女性が鋭く声を上げる。すると、それまで姿を見せていなかった警備の騎士たちが、どこからともなく現れ、あっという間に僕を取り囲んだ。


「待ってくれ、マリア。聞いてくれよ! 僕はだまされたんだよ、被害者なんだ。……君の家族をずっと養ってきたのは僕なんだぞ。感謝されこそすれ、詐欺師呼ばわりなんてひどいよ」


 僕はマリアにすがるように、思わず手を伸ばした。抱きしめれば、すれ違った時間が取り戻せる。きっと、僕の愛を受け止めてくれる。そんな狂おしい期待があった。


 しかしその瞬間、エントランスホールから入ってきた男が、僕の腕をつかみ、足を蹴り払った。

「サンテリオ領が誇るトップデザイナーに触るな! 身の程知らずめ!」


 体勢を崩した僕は、抵抗する間もなく前のめりに倒れ、顔面を床に強く打ちつけた。

 硬い大理石に歯が当たる鈍い音がして、鼻に熱い痛みが走る。

 視界がぐらつき、磨き上げられた床に、鮮血と白い欠片が散るのが見えた。


「あら、大変! 清掃員を呼ばなきゃ。私どものお客様は高貴な方々ばかりなのですよ。その方たちが歩く床を、血で穢すなんて……」

 受付の女性は、あからさまに顔をしかめてつぶやいた。まるで、僕が虫けらだとでも言いたげだった。


(こんな……こんなはずじゃなかったのに……昔のマリアなら、絶対に許してくれると思ったのに……)


「この不埒な男を留置場に入れておけ! マリア、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

「まぁまぁ、ふふふ……サンテリオ侯爵様は、マリアさんを本当に大切にしていらっしゃるのね。いっそのこと、付き合ってしまえばよろしいのに」

 コロコロとウィルミントン侯爵夫人が笑う。


(え……あれが、サンテリオ侯爵様? ブロンドの髪に、深い海を思わせる瞳。眩しいほどに整った顔立ちと、均整の取れた体格。地位も財力もあって……完璧すぎるだろ? 勝てる要素なんて、ひとつもないさ。僕にはもう、勝ち筋ゼロだ……)








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