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 私が勤めているブロック服飾工房。一階は針仕事や裁縫の作業場、二階は従業員たちの居住スペース。そして三階には工房のオーナーであるレオナード様の書斎や、お客様と商談をする応接室がある。普段の彼は三階にいることが多いのだが、時折階段を下りて、私たちの作業の様子を見に来た。


「今日も頑張っているね、マリア」

「ありがとうございます。ここは働きやすくて寮もあるので助かっています」


  声をかけられるたびに少し驚きながらも、私は頭を下げる。ブラウンの髪と瞳はこの国ではありふれているけれど、背がすらりと高く、笑顔が優しい素敵な男性だった。服飾工房のオーナーらしく、大人の落ち着きが自然に漂っていた。


 レオナード様は微笑みながら、私の手際の良さや、疲れを見せない働きぶりを褒めてくれた。時には作業の合間に、「ここはこうした方が効率がいいかもしれない」とさりげなくアドバイスしてくれることもあった。

 でもそれは決して偉そうに言うのではなく、あくまで助言として、私が作業を続けやすいように気を配ってくれていることが伝わってきた。


 ある日の休憩時間のこと。レオナード様が私の近くに寄ってきた。

「君は夜が明ける前にいつもどこかに出かけているようだが、早朝の散歩にしては早すぎないかい?」


 (まさか、気づかれていたなんて思わなかったわ。レオナード様はずいぶん早起きなのかしら?)


 私は緊張しながらも、遠慮がちに説明していく。

「散歩ではありません。実家のエピベーカリーの手伝いをしています。パンの仕込みを手伝ってから、ブロック服飾工房に戻って仕事を始めているんです」


「そうか・・・・・・しかし、実家がパン屋だったら、学園にも通えたんじゃないかい? かわいそうに・・・・・・あんなに夜が明ける前から実家の手伝いもして、その後で針仕事もしなければいけないなんて、とても苦労したね」


「私が学園に入る頃は、小麦粉の値段が上がって大変だったようです。父は店の経営も危ないと言っていましたので、私は就職することに決めました。早朝や、ここがお休みの日には実家の手伝いに行きます。でも、苦労だと思ったことはないです」


「そうなのかい? 実に家族思いなんだね。なかなかできることじゃない。君は立派だ。誇っていいよ」


「ありがとうございます。今は経営がかなり良くなったので、妹はルクレール女学院に入ることができました。ただ、学費がかなり高いそうで、私のお給料はほとんど親に渡していますけれど、妹や両親の力になれることが嬉しいんです」


「給料をほとんど親に渡しているだって? マリアって人は、何ていい人間なんだ! 自分のことよりも人の幸せを考えられる者は、そう多くはない。僕は君を尊敬するよ」


 その言葉に、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。





 こうして少しずつ言葉を交わす機会が増えていき、気づけば服飾工房で働いて五年が経っていた。


「今度の休みに、一緒に近くのバラ園に行かないかい? ちょうど花も見頃だし」


 レオナード様がそう言ったのは針仕事が終わり、同僚たちが二階の寮に上がって行った後だった。思わず顔が熱くなる。休日に遊びに出かけるなんて初めてだった。


「え? 私を誘ってくださるんですか?」

 思わず聞き返すと、彼は柔らかく笑った。

「もちろん。君が嫌じゃなければだけど・・・・・・」

「もちろん、嫌じゃありません。誘っていただき嬉しいです」


 レオナード様とバラ園に行く当日、私はピナベーカリーの早朝の仕込みから、午前中いっぱい手伝った後、遠慮がちに口を開く。


「今日は午前中しか手伝えないわ……お友達と遊びに行く約束をしているの。それから、このパンを少し持って帰ってもいいかしら?」

「え? そうなの? そういうことはもっと早く言ってよ。こっちはマリアを当てにして動いているんだから、ブロック服飾工房が休みの時は手伝ってくれなきゃ困るのよ! それに、なんでパンが必要なの? 工房では食事がついてるはずでしょう? これは売り物なのよ」


 母さんに怒られてしまったけれど、父さんは「たまにはいいじゃないか」と笑って許してくれた。パンも少しだけなら持っていっていいと了承してもらう。


「ごめんね。次の休日にはちゃんと朝から夜まで手伝うから」

 何度も謝りながら、私はブロック服飾工房に戻った。工房に戻るとハムとチーズ、それに少しだけ野菜を挟み、噴水のある広場で食べるのを想像しながらサンドイッチを作る。自然と心が浮き立っていた。


 お昼すぎ、レオナード様と馬車で近くの公園に向かった。公園に着くと、花壇には色とりどりのバラが咲き、噴水の水は光に反射してキラキラと輝き、心地よいそよ風がそっと吹いていた。


「わあ、きれいですね」

 思わず声をあげると、レオナード様は少し得意げにうなずいた。

「こういう日も悪くないだろう? 君は働いてばかりいるから、もっと人生を楽しんでほしいな。家族のために犠牲になるなんて、とっても偉いが、かわいそうに思えてね」


(犠牲? かわいそう? 特にそんなふうに感じたことはないんだけど……)



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