11 キース・サンテリオ侯爵視点
※キース・サンテリオ侯爵視点
これまで何人もの応募者を見てきたが、私の威圧感に押されて声を震わせうつむき加減で、まっすぐこちらの目を見て話す者などほとんどいなかった。中には、意見を伝える前に尻込みしてしまう者も多い。
だが、こいつは違う。背筋をぴんと伸ばし目を逸らさず、私に向かって自分の意見を力強く伝えてきた。
必死さだけではなく、自分を信じて行動している芯の強さ――その揺るぎない意志のようなものに、私は感心していた。
それに彼が言うように、おそらく受付嬢が間違えて私の部屋に誘導してしまったのだろうと思うと――ふと、これも何かの縁なのかもしれないと頭をよぎった。
(ちょうど、気晴らしをしたいと思っていたところだ。せっかくだ、少しこの青年に付き合ってみようか……。まぁ、彼に素晴らしい才能があるかどうかは別として、この度胸だけは認めてやりたい)
「なるほど……面白い。特別にテストを受けさせてやろう」
私は彼に手招きをして、ついてくるよう促した。
「君の感性を確かめるには、部屋を移動する必要がある」
青年を案内したのは、下の階にある広々としたストックルームだ。ここには世界中から集められた布やレース、リボンや装飾素材が体系的に整理され、壁際の棚や台の上に色とりどりにずらりと並んでいる。
青年がその光景に目をやった瞬間、瞳がぱっと輝いたのがわかる。興奮と緊張が入り混じっているが、決して焦った様子はなく、むしろ落ち着き払っていた。
(不思議だな……。どこかベテランの一流デザイナーのような風格さえ感じる。学園でデザイン科を卒業していないとは、とても思えない)
「ここから好きな布を選び、トルソーとピンを使って自由にデザインを考えてみなさい。時間は二時間だ。必要であれば、そこの作業台に筆記用具もあるから使うと良い」
青年は静かにうなずき、ゆっくりと全体を見渡す。そして一つ一つの生地を丁寧に触って確かめた。その手つきは迷いがなく、まるで何十年もこの作業に慣れているかのように自然だった。
(ふむ……これは面白い。余裕さえ感じられるぞ。さて、どんな生地を選び、どんなものを作るのだろうか?)
青年は夜空のように深いブルーの生地と、クリーム色の透け感のある生地を選んだ。トルソーの前に立った途端、一瞬で顔つきが変わった。
トルソーに布を巻き付ける手が止まらない。
裾の長さは揃えず、前後・左右でわずかにカーブを作り、歩くと布が自然に揺れる構造にした。肩や背中には透け感のある生地を挟み込みピンで留め、光の角度で立体感と軽やかさを演出。
ドレープや装飾の配置を工夫することで、従来のドレスとは異なるシルエットが浮かび上がる。 伝統的な形を保ちながらも、全体として新鮮さと上品さを兼ね備えた一着が、あっという間に完成した。
「あまり冒険した感じではなく、今回は無難なデザインにまとめてみました。袖や肩、背中の一部にレースや異素材の反対色の生地などをアクセントとして加えると、より個性的に映ります。また、裾に大胆なスリットを入れ、そこに薄いレースを重ねることで、肌の露出を抑えつつ足のシルエットを柔らかく美しく浮かび上がらせることも可能です。どの層の顧客を狙うかで調整できますし、他にもいろいろ……」
「ちょっ……ちょっと待った! 本当に君はデザイン科を卒業していないのかい? 全くそんな風には見えない……いや、間違いなく採用だ。文句なしでうちの専属になってもらいたい! えぇと、女子寮は用意してあるのだが、男子寮はないので、アパートを借りて住むことになると思うが……もちろん、君の実力ならすぐに高級住宅街に住めるようになるだろうが……」
「……あっ、私は女性です。手持ちのお金も少ないので、寮に住まわせていただけるとありがたいです!」
そう言いながら、彼は頭に巻いていたスカーフを、さっとほどいた。
腰まである茶色の髪がさらりと流れ、光を受けて柔らかく輝く。
私は目を見開き、あっけにとられた。
「え? 君、女性だったのか! なるほど、男性にしては小柄で華奢なのも納得だし、女性のような声だなとも思っていたんだよ。しかし、化粧もしていないし、そんな服装だったからつい……」
「お隣のオッキーニ男爵領から、普通の馬車でやってきました。乗り合い馬車を何度も乗り継いで、ようやくこちらに辿り着くことができたんです。オッキーニ男爵領には魔導馬車もほとんどなくて、あっても料金が高くて私には乗れません。途中で安宿に泊まる必要もあったので、男の格好をしていた方が安全だと思ったんです」
恥ずかしそうに説明する彼女の顔立ちは整っていて、瞳には知性と聡明さが溢れていた。
(確かに女性らしい綺麗な恰好で来たら、危険だったかもしれないな)
「よくぞ、うちに来てくれたね。サンテリオ服飾工房へようこそ! 君を歓迎するよ!」