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「 お姉ちゃん、大好き!」


 幼いころからそう言いながら、私の後ろをぴったりとついてくる妹ソフィア。淡いピンクブロンドの髪に、ピンクダイヤモンドのように輝く大きな瞳。仕草も無邪気で愛らしく、まるでおとぎ話に出てくる妖精のようだった。両親も近所の人たちも、そんなソフィアを可愛がっていた。妹は私より一つ年下。私もソフィアが可愛くて自慢の妹だと思っていたし、 とても大切にしていた。


「マリアはお姉ちゃんなんだから、ソフィアを守ってあげてね。ソフィアは生まれつき体が弱いのだから」

 母さんがいつも言う口癖。私はそれを当然のように思っていた。


 ちなみに私の髪色はブラウンで、瞳の色はグレーだ。 ソフィアと比べるとだいぶ地味に見えるが、この国ではブラウンやグレーの髪や瞳を持つ者がもっとも多い。体は丈夫なほうで風邪ひとつ引いたことがないので、元気に産んでくれた母さんには感謝している。


 一方、母さんの言うようにソフィアは体が弱く、よく風邪をひいていた。


(体が弱いのは、食べ物の好き嫌いが多いことが原因なのでは?)


 だから時々、私は妹に偏食を注意することもあったが、ソフィアに甘い両親は「食べたいものだけ食べればいい」と言って、いつも甘やかしていた。


  そんな日常が続く中、私は少しずつ店の手伝いを覚えていく。パンを棚に並べたり、生地をこねるのを手伝ったり――まだまだ簡単なことばかりだけれど、毎日少しずつお店の仕事に慣れていった。 パン作りは楽しかったし、家族の役に立てることは嬉しかった。


 そんな日々を過ごし、私は15歳を迎えた。


 お誕生日のささやかなお祝いの場で、母さんから謝られた私は戸惑う。目の前には手作りのケーキ。テーブルには花も飾られていて、 いつもよりは少しだけ豪華な夕食だった。


「マリア。今年からあなたは学園に通える年齢になったのだけれど……ピナベーカリーの経営が思うようにいかなくてね。学費を工面するのは難しいの。ごめんなさい」


「すまんなぁ。最近は小麦粉の値段が上がってしまってな。だからといってパンの値段を急に上げるわけにもいかず、利益が前よりずっと減ってしまった。このままでは店を続けるのも危ういんだ」


 父さんもまた、申し訳なさそうに肩を落とした。


 私は笑って、学園は諦めると答えた。家に余裕がないのなら仕方のないことだし、学園に通えない平民はさほど珍しくもない。


 そうして私は、家の近くにある仕立屋――ブロック服飾工房に住み込みで働くことになった。


「お姉ちゃん。 職場の寮に住むなら、お姉ちゃんの部屋をもらってもいいわよね? 私の部屋は 狭いから、服が入りきらないのよ。お願い」


 確かに ソフィアの服は多いから 、クローゼットがいつもパンパンだった。


「いいわよ。どうせブロック服飾工房に住むんだし」


 私の部屋は ソフィアと隣だったのだが、 壁がぶち抜かれ 1部屋にされ、ソフィアの部屋となった。

 それからの私の日常は、2つの職場を行き来する日々となった。



 夜が明ける前にブロック服飾工房を出ると、まだ冷たい空気が肌を刺す。早朝はピナベーカリーでパンの仕込みを手伝う。パン生地を捏ねるのは大変だけれど、嫌いじゃない。工房に戻れば、服の仕立てをしなければならない。夜まで針仕事が待っている。


 休む時間はほとんどなくても、「若いうちの苦労はその後の人生で、きっといい経験になるから、頑張るんだぞ」と父さんに励まされれば、そうかもしれないと納得していた。


 長女は家を助けるのが当たり前と言われて育ったので、 お給料の半分はピナベーカリーを支えるために両親に渡した。



 。゜☆: *.☽ .* :☆゜



 やがて一年が経ち、妹ソフィアが学園に通う年齢になった。その頃にはピナベーカリーの経営も少し安定してきたと聞かされ、妹はこの辺りの裕福な子女が通うルクレール女学園に入学することになった。


「よかったわね、ソフィア。ルクレール女学園の制服はとても可愛いし、建物も立派で設備も素晴らしくて評判がいいものね。お嬢様学校だから、きっと立派なレディになれるわ」


「えぇ、ありがとう! お姉ちゃんのおかげだわ。ごめんね、私ばかり学園に行かせてもらって。お姉ちゃんの方が優秀なのに」


「いいのよ、そんなこと。ソフィアが立派な大人になってくれれば、姉としてすごく嬉しいわ。頑張ってね」


「まあ、本当に二人ともなんていい子たちなのかしら。ソフィアはお姉ちゃんにちゃんとお礼が言えるし、お姉ちゃんも妹の幸せを自分のことのように喜んであげるなんて。とても素晴らしいことだわ」


「本当だな。やはり家族仲がいいのは一番だ」


 両親は口々にそう言い合って朗らかに笑った。


 ソフィアが学園に通うのは三年間。楽しい学園生活を送ってくれればいいなと思ったところで、父さんがふと口を開く。


「それでな、マリアのお給料を全部、家に入れてくれないか? 申し訳ないんだが、ソフィアの授業料が思ったより高くてな」


「そうなのよ、ごめんなさいね。でも、マリアはブロック服飾工房で服を仕立てたり、家でパンをこねるのを手伝ったりして、使う暇もないでしょう? おしゃれをして出かけることもないのだから、新しい服も必要ないし、寮に住めば食事もついているのだから、お金なんていらないわよね」


 そう言われてみれば、私は服飾工房が休みの日もピナベーカリーを手伝っている。着飾って行く場所もないのだから、お給料をすべて渡しても構わない――そう思いながら、私は黙ってうなずいた。


「お姉ちゃん、ありがとう! 大好きよ」


  可愛らしい声で感謝の言葉を口にするソフィア。ルクレール女学園の寮がどんなに素敵か、これからの生活がどんなに楽しみかを笑顔で話すのだった。




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