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レティネ・ローゼン

初連載になります!

よろしくお願いします


 あらゆる国家行事が執り行われる皇宮の大広間。たくさんの貴族が集まる中、誰より多くの視線を集める少女がいた。好奇か、羨望か、あるいは蔑視なのか、絡み付く視線の中、堂々と胸を張り皇帝の御前へと向かう。真っ直ぐに前を見つめながら、緊張とも虚無とも取れるその表情に隠された心の内は誰にも分からない。

 長い金髪を一つに括り、純白のマントを靡かせて真新しい騎士の腕章を身につけている。彼女の名前はレティネ・ローゼン。そう多くない新人騎士の中で彼女が一際注目を集める理由は、単に今期の成績優秀者だからでは無い。──帝国初の女騎士。その異質な肩書きは帝国貴族の注目を集めるには十分だった。



「──新たに集いし者たちよ。我が剣となり、盾となれ。我が為に生き、我が為に死ね。誓いを違えぬ者だけが真の騎士となるだろう」


 大広間に響き渡る皇帝の声に、新人騎士たちは一斉に跪く。呼吸の音さえ憚られる静寂の中、皇帝は黄金の杯を手に再び口を開いた。


「ここに新たな騎士の誕生を宣布する!」


 皇帝の言葉を皮切りに溢れんばかりの拍手と歓声が鳴り響いた。騎士たちを祝う音楽隊の演奏が流れ、あちこちから談笑する声が聞こえてくる。帝国四大祝祭に数えられる、春の入団祝賀式が始まった。


 ◇◇◇


「レティネ、首席卒業おめでとう。やっと本騎士だな」


 帝国騎士団の白い団服を身に纏った長身の男がレティネの背後から声を掛けた。


「ありがとうございます、グレン先輩。やっとと言えど、先輩よりは短い見習い期間だと記憶してますが」


 声だけで誰だか分かったレティネは振り返りながら、軽口を交えて返す。いつもの如くほのかに笑うグレンからグラスを受け取り少しだけ口に含む。緊張のせいか味はよく分からないが酒ではないことは確かだ。


「そうじゃなくて……正直、お前ならもっと早くてもおかしくなかったと思うよ」

「……まあ、目標よりは一年ほど遅れてしまいましたけど。上の方々が決定された事実に基づく合理的な判断故ですから、特に不満はないですよ?」

「あんまり他所でそういうこと言うなよ」

「さあ、何のことだか」


 二人は普段と変わらない調子の会話を続ける。見習いの頃から親交のあるグレン相手に多少あった緊張が緩み、レティネは思わず笑みが零れた。

 談笑する二人の周りには、若干の人集りができていた。軍事的な権力を求める貴族としては、グレンともレティネとも仲良くなっていたいものなのだ。しかし、平民出身のレティネはそれに気付くはずもなく、グレンも彼らを相手にしないために、ただ遠目に眺める者しかいなかった。そんな中、駆け足で近付いてくる一人の令嬢がいた。


「兄様、レティネ!」

「ベル、あまり走るな、危ないから」


 令嬢はグレンの言葉を気に掛けた様子もなくレティネの元に駆け寄る。レティネからも近付き、二人は手を取りあって目を合わせる。


「ベル、来てくれてありがとう。今日もすごくかわいいよ」

「ありがとう、レティネ! あなたこそ、いつもの何十倍もかっこよかったわ! 私感動しちゃった!」


 令嬢──クララ・ベル・シューレインは頬を染めて、早口気味に捲し立てる。レティネの手を取り頬を染めて彼女を見上げるその姿は、まるで恋する乙女のようだ。しかし、二人は単なる友人である。あまりに近い距離感から、よく周囲の人を惑わせていることを除けば。

 実際、今も『ベル』という、本来家族や婚約者にしか許されないミドルネームで呼ばれていたことに周囲の人は困惑していた。


「クララ様、その方とはどういう関係で……?」

「レティネは私の最愛の人です!」


 知人である令嬢の問いかけに、クララは食い気味に答えた。


「ふふ、ベルはいつも嬉しいことを言ってくれるね」

「レティネは私のこと好きではないの?」

「もちろん、心から愛しているよ」


 クララが甘えたようにレティネにくっついて、顔を覗き込む仕草も、それを優しく見つめるレティネの視線も、とにかく誤解を招く要素しかなかった。


「もしかして……」

「まさか、本当に……?」


 いつの間にか集まっていた年頃の令嬢たちは皆同じように勘繰ってひそひそと話し始める。


「御令嬢方、どうか落ち着いてください。あの二人はただの友人ですよ。『シューレイン家次期当主』としてお伝えします。ぜひ、誤解なきよう」


 明確な脅しの意図を持って発せられたグレンの言葉に、令嬢たちは焦って何度も頷く。シューレインと言えば、北の国境を守る辺境伯だ。その実力と重要性から公爵家にも劣らない権威を持つ。もし目を付けられるようなことがあればどんな制裁が待っているのか想像もつかない。

 令嬢たちの様子にグレンは安心して頷いた。この程度では当然、実力行使などできないのだから、向こうから身を引いてくれないと困るのだ。


「そんな脅しばかりしているとモテなくなるよ、グレン卿」


 凛と響いた声に至る所からざわめきが上がった。皇族の控え室がある二階からゆっくりと降りてくるのは、帝国唯一の皇女だ。ヒルデハイド様と誰かが彼女の名前を呟くと、彼女はどこか咎めるようにその視線を向ける。しかし、すぐに元に戻る表情は手本のような淑女の微笑。しなやかで美しい振る舞いに誰もが目を奪われる。


「……相変わらず、冗談が過ぎますね。皇女殿下」

「グレン卿の本音で話してくれるところは嫌いじゃない」


 皇帝に良く似た漆黒の御髪と紅玉の如き瞳。凛々しいながらも淑女としての美しさと愛らしさを備えている皇女は口さえ開かなければ社交界一の美女である。


「そうですか、俺からお返しする言葉はありません」

「うん、やっぱり好きだ、結婚しよう」

「その話なら今月だけで既に三度は断りました」


 とっくに結婚適齢期を迎えている皇女の婚約話はもう六年も纏まっていなかった。皇帝の興味を引けない皇女の婚姻など誰も気にしていないのだ。


「久しぶりだね、クララ嬢。君のことは実の妹のように思っているのに、こうも会えないなんて悲しいものだ」

「私も殿下のことを姉として慕わしく思える日が待ち遠しいですわ」

「ほら、可愛い妹がああ言ってるんだぞ、グレン卿! 辺境伯夫妻からも好きにしていいと言われたんだ!」

「俺はまだ騎士を続けたいので」

「結婚しても騎士は続ければいいだろう!」

「全く……騎士はいつ死ぬか分からないんですよ? 生きてても帰ってくることなんてそうそう無い。そんな妻子を不安にさせる仕事、やってていいわけないでしょう」

「〜〜っ好き! 結婚する!」

「だからしません。どうせまだ国賓への挨拶もしてないんでしょう? 早く行かないと外交問題になりますよ」

「私の挨拶がないくらいで、今更問題にもならん!」

「それでも、それが殿下の務めでしょう?」

「……うー、すぐ戻るから、最初のダンスは私と踊るんだぞ!」

「俺はここに居るので、さっさと行ってきてください」


 皇女がグレンにアプローチするようになってから、グレンに持ち掛けられる婚約話は段違いに多くなった。結局、頑ななグレンに耐え兼ねて皇女しか残らず、二人揃って見事に行き遅れと言われる歳になってしまったのだ。


「グレン先輩、惚気はそのくらいにして貰って、明日からの訓練の話してもいいですか」

「どこが惚気だと思ったんだ」

「来週の実戦訓練、参加していいですか?」

「……可能ではある、ただ新人は大体──」

「なら、参加するので団長の方に通しておいてください。またね、ベル」


 明らかに続きがあるグレンの言葉を遮って、レティネは用事は終わったというように大広間を後にした。無遠慮な視線が彼女を引き留めようとするが、誰も止めることはできなかった。月影を反射する金糸のような長髪と暗闇に映える白いマントを揺らめかせて、少女は振り返ることなく歩いていく。小さくなっていく背中に、クララは少しだけ寂しさを覚えながら、努めて明るく声を出した。


「レティネが実戦訓練なんて、また観覧席の争奪戦が起きますね!」


 騎士団の訓練は騎士の家族や騎士を志す者に向けて帝国民であれば誰でも観覧が可能である。実戦訓練は中でも人気の訓練だった。主に噂好きの令嬢が押しかけているのだが、見目や家柄、実力等々、話題となった新人騎士が参加する回は見やすい位置を確保したい令嬢たちによる熾烈な争いが繰り広げられる。クララにとってはレティネが見習い騎士になるより前から知る者として負けられない戦いである。


「あれは……男じゃなくても見に来るものなのか?」

「ええ、もちろん。美しいものは見るだけで心の栄養になりますから」

「そういうものなのか」

「私の見立てでは兄様が初参加した実戦訓練より多いかと」


 クララの言葉にグレンは当時のことを思い出し頭を抱える。座席はもちろん、立見席も全て埋まり、それでも外に集まる人がいるほどだった。あまりの人の多さに警備体制が上手く機能せず、その件から観覧席の増設と警備体制の見直しをしたほどだったのだ。正直、最近はそこまで人が来ることもなく警備にも人員を割いていない。このままでは、油断しているところに不意打ちをくらうようなものだ。


「……警備にはよく伝えておくよ」

「ぜひ、そうしてください」

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