ずっとあなたが好きだった。
雀荘一軒家完成。ですが、案の定(プー太郎、家を買う参照)な話です。
忘れた頃に、雀荘一軒家の話をザックリ。
雀荘一軒家が完成し、商いも繁盛。
数年後には閑古鳥が住み着き、開店休業。
父も休業。プーさんです。
母はまた同じ事を繰り返してますね。
それから、母はサッサっと仕事を決めて来て、
「明日からママ仕事行ってくるから、ちゃんとカギかけて寝てるんやで。晩ごはんもちゃんと食べや」
この時私は小2。母がいないのが悲しくて、行かんといて!と泣いて止めたのを覚えています。
なんだか、母子家庭の一人っ子の鍵っ子みたいですが、父は居ます。
ただ、毎日呑み歩いているので、毎日家に居ない。
学校から帰ると、家に誰も居なくて、
私はそのまま習い事に行き、夕方6時に帰宅。
ラップのお皿に焼き飯があり、鍋のみそ汁を温めて
いただきます。
母の焼き飯は、鶏肉玉ねぎピーマンの具で、塩コショウの味付けのみ。
「これは焼き飯?」と、なんか違う感強めでしたが、鶏肉の味がお米にしみて好きでした。
レンジは高価でしたので、冬になると冷たく固まったオカズもあり、少し困ることも。
焼き飯もその一つに入ります。米カチカチ。
ですが、その時の食事のせいでしょう。
今はレンジがある生活なのに、温めて食べない事が多いです。
お弁当も、焼きそばも、煮物も、白米も、
そのままでも美味しいな〜と思えます。
周りからは「それは違う」とか言われますけどね。ハハハ。
夜0時前、仕事から帰って来た母と父が喧嘩になる。父は酒乱だったので、何にでも気に触るんでしょうね。
私は毎回止めに入るのですが、なんせ父は手も足もでる人なので、毎回恐怖はあるんですよ。
でも止めないと、でも怖い。
私が子供の浅知恵で出した答えは、
「小2に殴らんよね…めっちゃアホみたいに喋れば」です。
「パパ!毎日お米洗ってご飯作ってくれてるのママやねんで?お買い物も洗濯もママしてくれてるんやで。ママ一生懸命に頑張ってる!ママいじめんといて!」
これを優しく父に問いかけるように、泣きながら子役のように言うのが一連の流れです。
でも、この涙は嘘じゃなくて、母が殴られてるの見るのは悲しいし、私がちょっとでも間違えたら…と思う恐怖故の涙です。
これは小3までいけました。イェイ。
4年では私の自我が出てきたので、怒りを買ってしまい、理不尽な拳骨をくらったり。
6年生に上がる春に離婚しましたけど、父を嫌いと思う事はあれど、憎んだことはなかったな。
それは母も同じだったらしいです。
母はたぶん、好きだったと思います。
題に近づく話です。さっぱり分からない題をつけてしまってゴメンなさい。
これからなんで、最後まで読んでくれてる方々がいてくれたら…!幸い。