働くとはナニか。好きに生きるコトのイミは。
高3、周りが進学やら就職やらで、私も焦りはあるのですが、どうにも考えが纏まらない…いや、
考えが追いつかないのです。
ずっとその場で足踏みしてる感じです。
高3冬。バリバリバイトをこなし、進学も就職も決まっておりません。さてどないしよ?なのです。
勉強は嫌いだから進学は無い。じゃあ就職!なんだろうけども、朝に起きるのが嫌い。
このバカ娘は悩んで母に提案をしてみます。
「ママ。1年間だけフリーターでもいいやろか?バイトも直ぐに決めるし、考える時間がほしいんよ。」と。
オマエ、めちゃ考える時間あったやろがい?な話で面目ない…。
私の母は水商売しか勤めた事がなかったので、娘にはちゃんと福利厚生が有り、ボーナスもある会社員になってほしいのが夢で。
正直その圧が重過ぎて、私は将来を考えたくありませんでした。
母は苦々しい顔でしたが、とりあえずOKを出してくれまして、私は卒業後、夕方5時から朝5時まで居酒屋で週5働きました。
そして月の給料は35万以上、19歳そこらのガキんちょが大金を目にしてクラクラですよ。
「この金どうしよ。私は強者だな!カカカッ!」
感覚的には100万握ってる感じなんですよ。アホでしょ?ふふ。
ただのバイトですから、何の保証もないしボーナスも無いですけど、私はもう一生フリーターで良いやと思う訳です。
それから月日は流れ、母と約束の1年後。
「ママ、私は一生フリーターで良いです。朝から働きたくないです。私の人生好きに生きたい。これが私には合ってるから、正社員は諦めて下さい」
暫く、いや、長い長い空白と、母の溜息一つ後
「まあいいんちゃうの。あんたの好きにしたら。」
お許しと言うより、しゃ〜ないである。
母も散々好きにして来たし、もう二十歳の私に何も言えなかったのが正解だったように思います。
やっと来たよ、コノ日がよ。
私はやっと本当に身軽になれたし、もう母の事情やらに振り回されない。
黙って言う事を聞くしか出来なかった、非力な子供からの解放。
夕方バイトに向かうチャリに乗り「うわぁーー!」と嬉し叫びをしながら漕ぎ漕ぎした日。
ホントに心が軽くなった叫びよ。
それからこのバイトを辞めるまでの2年間、ガツガツ働き酒の味も覚えて、働くそして飲む。
オッサンみたいな数年を送るのです。
そして、このバイト先での友達による第二の始まりと、同じ職場の地雷女(高校の元友達)とのバトルが始まったのでした。
この地雷女、、思い出したら腹立ってきた。
本当に好き勝手出来る無双時期。
責任を持たなければならないですが、
それさえも上の空。
バカの時代ですね。




