第78話【『エリタスサマ』呼びの謎】
「静かに、静かに、静かにするんだ諸君!」初老の教師が大きく声を張り上げた。
そこは〝貴族の子弟たち〟が集う学校ということなのか、いかにも〝押さえがきかなさそうな教師〟にしか見えない教師の言うことでも〝学級崩壊〟までには至らず静まり始めていく。
「君たち二人は速やかに席に着きなさい」と初老の教師。
「はーい」とまたもエリタスサマの〝あの返事〟。
エリタスサマの席はエリゼさんとは正反対、教室の真ん中、一番後ろだった。その右隣に空席が。
どうやらここらしい。
「ここよ」とエリタスサマ。
やはりか。焦げ茶色の椅子を引く。凄く重く感じる。全部木でできているんだからそりゃそうか。年記が入っている。が、まったくボロさを感じない。生徒用の机の造りもまた同じく。〝天板は合板・鉄パイプの足〟という、日本の学校のいかにもな教室机ではない。全部木でできていて、色も相当な焦げ茶色。椅子と同じ趣で重厚感が半端ない。
その席に座る。
『名門校の生徒になった』、という気分だけは味わえた。
隣がエリタスサマか……。チラと横目で見る。〝護衛〟が任務なら当然こういうポジションにもなるか。正直エリタスサマに言ってやりたいこともいくつかある。が、言わない方がいいのだろう。あっ、でもひとつだけ言っても良さそうなのは、あの教師が、僕が思いっきり『エリタスサマ』などと言っても、『フォーエンツオラン君と呼びなさい』と注意されなかったってこと。なにかこう……〝腫れ物扱い〟されているんだろうか?
とは言えいまは授業中、私語などしているとろくなことにならないのは当たり前——
などと思っていたら初老の教師が授業を既に再開している。
あれ? 教科書、的なモノは? と、ふとそれを思い出し、隣のエリタスサマを見れば〝それとおぼしき本〟を既に開いている。
「あの、ちょっと、」と声をかけると、
「わたしは『あの』でも『ちょっと』でもない」と、〝にべもないお返事〟で戻ってくる。
「エリタスサマ、その本僕の分は?」
ヒソヒソと僕の周りからナイショ話しな声がする。
「まずは机の中くらい見てみたら?」と〝質問調〟で返される。机の天板のすぐ下に鈍い銀色の〝留め具〟が見えた。それを回すとぱたりと膝の上に蓋が倒れてきた。蝶つがいで〝机本体〟にくっついている。日本の典型的学校机にも天板の下に教科書収納スペースは用意されてあるが、蓋までは取り付けてはくれない。ともかく教科書収納スペースの中にはぎっしりと既に本が詰め込まれていた。
それを取り敢えず全部取り出すも、いったいいまなんの授業をしているのかさっぱり分からない。
「エリタスサマ、どれを使えば?」とさっきからエリタスサマに訊きっぱなし。
またもヒソヒソ周辺から内緒話。
「これよこれ、と表紙を見せてくれた」名前を呼んだせいかスムースに教えてくれた。
ともかく同じモノを探さねば——と思ってる側から初老の教師が僕の方へつかつかと歩いてくるのに気がついた。あっという間に詰まっていく教師と生徒(?)彼我の距離。
「ロクヘータ君、君には『私語は慎みなさい』ということばが理解できないのかな?」と、上流風(?)の嫌味を言われてしまう。
初老の教師の身体の向こう。エリタスサマの顔半分が見える。やっぱり笑っている。って注意されるの僕だけか? と思ったが僕がエリタスサマにいろいろ訊いていたから仕方ないのか。
しかしなぜだか僕が『エリタスサマ』と口にするたびに周囲が妙な反応をするのはなんなんだ。ある意味周りの連中こそ〝私語〟のやりたい放題だったじゃないか。そっちにはなんにも注意しないのか?
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