第77話【クラスの中にもう一人、見知った顔が】
エリタスサマが〝教室のドア〟に取り付けられているリングを手に取り、コンコンコンと三度ノックする。けどノックしただけ。型どおりの行為をしただけで中からなんの指示もないままそのままドアを開け教室の中へと踏み込んでいく。〝遅刻〟のことなど忘れてしまっているよう。もちろん僕はそのすぐ後を着いていっている。
「エリタス・フォーエンツオラン、遅刻しました」とまったく悪びれた様子も無くエリタスサマは口にした。そんなことを堂々言われてしまったのは眼前にいる〝初老の教師〟。いまはタイミング、エリタスサマの後、間髪入れず、
「本日より転校したことになっているロクロ・ロクヘータです。初日から遅刻で申し訳ありません」
これを言ったとたん、教室中が爆笑の渦に。クソッ、なんなんだこれは。ヘンなこと言ったのか? ウケなんぞとろうとしてないぞ。エリタスサマ同様年下ばかりだろう、ここは。あまり気分が良くない。
「あー、フォーエンツオラン君、早く席につき給え」と初老の教師。
「はーい」とエリタスサマ。
え? エリタスサマはひとりですたすたと自分の席へ行ってしまう。初老の教師はしげしげと、一人残されてしまったこの僕を眺め回している。教室の中、各々めいめいのヒソヒソ話しがさざ波のように広がっていく。あまたの視線を全身に感じる。好意的視線とは思えない。
〝僕の噂〟が僕の知らないところで広がっているとでもいうのか? 嫌な予感を感じる。再び初老の教師が口を開き、
「ロクロ・ロクヘータ君とかいったか、君が言うべきだったのは『初日から遅刻で申し訳ありません』だけだ。私が『自己紹介を』と述べてもいないうちから勝手に自己紹介かね?」と詰問してきた。
たちまちのうちに戻ってくる高校時代以前の感覚。僅か二ヶ月ほど通っただけでこっちに来てしまったが、大学じゃ教授やら講師やらが一方的に喋り続けているだけで会話らしい会話など交わしていないし講義の途中からこっそり教室に入ってきても文句など言われなかった。
「え、と。申し訳ありません。改めて、自己紹介をしてよろしいでしょうか?」
「よろしい」
「皆さん初めまして。ロクロ・ロクヘータといいます。本日よりよろしくお願いします」
「それで、転校初日から遅刻した理由は?」と、初老の教師の詰問はまだ終わらない様子。
「理由は——、」
テーブルがどーとかこーとか、説明のしようが無いぞ——
「……個人的ゴタゴタです」
ここでまたクスクスと教室中に笑いが広がっていく。くそっ、なんで年下に笑われなきゃ——、あ、れ? 最前列、見知った顔がもうひとつ。そこにあった。
「あの、」とその顔の人に話しかけていた。ほとんど無意識に。「——もしかしてエリゼさん?」
「はい」と、微笑まれ言われてしまう。間違いなく〝あの笑顔〟だ。すぐ目の前にいたのにいま頃になってようやくその存在に気づいたのはエリタスサマと違ってこの〝制服とおぼしき服〟を着てたから?——
「そうなんだ、」と要領を得ない返事が出てしまう。元の世界でも〝制服〟で通じてしまいそうな服を着ている。反射的に教室中、一回り視線を移動させれば何人かがこの同じ服を着ている。これは『制服』で間違いないらしい。
しかしこんなところで再会できるとは。他人のそら似じゃなかった。僕が元女奴隷の皆さん二十四人を引き連れ〝草刈りのバイト〟をしたエリタスサマの隣の家の、年若き〝貴族家の当主〟。そーいや歳はエリタスサマと似たようなものだもんな。お金が無さそうでも貴族は貴族だし、ここにいても不思議は無い。
いつの間にか教室中にざわめきが広がっていた。それにたったいま気づく。様々な感慨と思索とが頭の中を巡っていたせいだ。
んっ、んんっ、という少しわざとらしい咳払いが耳へと届く。
「君、どんな知り合いか私は知らないが、ここでは『エーデルワイスさん』と呼びなさい」と初老の教師から注意を受けた。
「すみません、」と思わず謝ってしまう。反射的に謝ってしまったすぐ後で少し引っかかった。遅刻で『すみません』はあっても、どうして〝呼び方〟で謝ってしまったんだ?
いつの間にか近くに明らかな人の気配。視線をそちらへ動かせばエリタスサマが戻ってきている。
「ロクヘータ、ちょっと知った顔を見つけたからってなにを嬉しそうにしてるワケ?」
「べつに嬉しそうには、」
「ああ、そうね。自分で自分の顔は見えないか」
「そりゃあそうでしょう」
「君たち、私語は慎みなさい」と初老の教師。しかしここでエリタスサマ、
「はーい先生。でもその前にロクヘータの席がどこだか教えてあげないとしばらく私語は続いちゃうと思います。わたしは教えるためにここに戻ってきたんですから」
教師に対してなんという減らず口。相変わらずどこでもエリタスサマぶりを発揮してるな。だいたいそもそもな、僕を〝教室の前〟に残して勝手に自分の席に向かわないで欲しかった。
初老の教師は渋面を造りながらも、
「フォーエンツオラン君、では君がロクヘータ君を席に案内しなさい」
「はーい」とエリタスサマ。小学生じゃあるまいし、なぜに〝はい〟を伸ばして言う?
「じゃあロクヘータ、案内してあげる」
「ありがとう」、一応礼は言わねばならない。
〝渋々〟というこの内心を読まれてしまったかのようにエリタスサマの顔が近づいてきた。小声でささやいてくる。
「それだけなの? 誰に対して〝ありがとう〟か分からないんだけど」と。
ああ、『お嬢様』じゃダメで『エリタスお嬢様』と呼ばせる例のアレか。そう察し、
「ありがとう、エリタスサマ」と言った。
その瞬間教室の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。もはやこれは『ヒソヒソ話し』、『クスクス』、『ざわめき』といったレベルではない。
目の前にはエリタスサマのあの薄ら笑い顔。
『エリタスサマ』、と僕に呼ばせることに目的があった、としか——
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