第65話【懐中時計】
「あら、そうね」と平然とした声調子のエリタスサマ。〝遅刻〟という指摘をルゥンさんから受けようと、どこ吹く風。
「本来ならこの時間は〝別の予定〟に充てていた時間だったのですが、」とルゥンさん。
僕の知らないところでなにか予定?
ん? とここで遅れて〝違和感〟。
「この世界に〝遅刻〟なんてあるの?」
「なにバカなこと言ってんのよ」とエリタスサマ。
「だってさ、時間が分からないのにどうやって遅刻か遅刻じゃないかを決めるの?」
「こっちの世界にも『時計』くらいはあるけど、」
「えっ? ある? 時計なんて見たかな?」
「ロクヘータは〝置いてあるトコ〟通って来たけど、案外気づかないものね」と薄ら笑い顔で言われてしまった。
ホントにあったか?
「ま、この世界じゃ『時計』って凄く高価らしくて、その辺に置いておくっていう習慣は無いみたいだけどね、」と言いながらエリタスサマは服の隠しポケット(?)からナニカを取り出す。キラと一瞬銀色の光が反射する。それは〝手の平ほどの円形の金属〟で極細のチェーンもついている。蓋をぱかりと開けた。そして「あぁ遅刻かもね、これ」と口にした。
思わず〝ソレ〟をのぞき込む。
「なんとシャーロック、」と思わずヘンなことばが飛び出てしまった。
「そうね、シャーロック・ホームズは腕時計してるイメージは無いかな——」エリタスサマは案外マトモに応えてくれた。
エリタスサマが手にしているのは間違いなく『時計』。文字盤にアラビア数字もローマ数字も描かれていない、長針・短針・秒針の三種の針と目盛りだけのこれ以上にないシンプルな造り。だがそれに比べ僕が常時腕に巻き付けている『ソーラー電波時計』は……すごく安っぽく見える……実際高くはないが。
「その時計は?……」と無意識に訊いていた。
「『懐中時計』っていうんじゃないの? 名前だけ知ってたけど持ったのは初めて」
カチカチカチカチ細かく音を刻み続けている。
「——ってわけで、この世界にも時計がある以上、〝遅刻〟もあるってわけ」
いいなぁ……
中世ヨーロッパ風の世界へと飛ばされて無双なんだけど持っていたミラーレス一眼は一緒に転生してくれず(どうせじきにバッテリー切れになるだろうが)、スマホもまた同様で(どうせこれまたじきにバッテリー切れになるだろうが)、『どうせここには〝機械モノ〟なんて無いんだろ』って思っていたら、あった。
カチカチ絶え間なく音がしているって事はこの時計は〝機械式〟ってやつだ、ゼンマイと歯車で動いているという。これは、元の世界で買おうとしたらけっこう値が張るのではあるまいか。
僕が、『時計』に物欲を感じるとは!
お金を持ってても欲しい物が無いので平然と元女奴隷の皆さんを買ってしまい、もはや〝物欲〟なんていう価値観とはオサラバしたと思っていたのに——
「なに? ロクヘータ、さっきからじろじろと」
エリタスサマに言われてしまった。女の子をじろじろ見るのも、他人が持っている高価そうな物をじろじろ見るのも、どちらにせよイメージはよろしくない。
「エリタスお嬢様、時計を見ておきながらお喋りはないでしょう」とルゥンさんが助け船(?)を出してくれた。しかし直後にトンデモない事も告げられる。
「——それにいつまでもお父上とお母上をお待たせしておくのもどうかと思います」
⁈っっ! 僕ってエリタスサマのお父さんとお母さんに紹介されちゃうの⁉(と言っても養父・養母なんだろうけど)
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