第62話【エリタスサマ、元女奴隷の皆さんと直接接触を試みる】
次の日、定刻通りに人数分、今日は僕の分も含めて二十五人分の朝食が美術品収納庫に運び込まれてきた。元女奴隷の皆さん二十四人に本邸の方から来たメイドさん方々が加わり見た目雰囲気はさらに華やか度が増す。
元女奴隷の皆さんも自分たちがこの家の〝お客さん〟ではないという自覚はあるのか、本邸のメイドさんたちだけに朝食の仕度をさせるようなことは無い。本邸の方のメイドさんの顔を立てつつ指示を仰ぎ誰もが甲斐甲斐しく動き回っている。奴隷商社ではこういうのもたたき込むのだろうか。
見た目だけは麗しいなぁ、などと、やや殺伐然とした感想をいだきつつ、邪魔にならないように部屋の隅に立っていると、
「おはようございますロクヘータさん、」と僕に声をかける者在り。声だけでもう分かった。
「あぁ、ルゥンさん、おはようございます」と挨拶を返す。
この人が僕に声をかけるとき、その用事はもう決まり切っている。
「すぐエリタスサマのところへ伺います」用件を言われる前にそう言った。僕は今日からこの世界の『貴族学校』なるところへ行くことになっている。どうせその件だろう。しかし、
「いいえ、その必要はありません。もうこちらへお越しになっています」とルゥンさん。
え?
「——入り口の扉の外です。ではわたしがご案内します」と言ってる傍からもう歩き出している。なんでわざわざ、と不審に思いながらも〝着いていかない選択肢〟は無い。ルゥンさんが美術品収納庫の扉を開けると扉から少し離れた位置にエリタスサマがひとり立っていた。
元女奴隷の皆さんたちもひとかどの礼儀は身につけている。ご主人様がそれ以下になるわけにはいかない。
「おはようございますエリタスサマ」と、丁寧を心がけ挨拶した。
「おはよう、ロクヘータ」とエリタスサマから戻ってくる。
何か朝からモヤモヤする。相手は三歳か四歳か、年下の女の子なんだよな。
「用事があるのならこちらから伺ったものを」と穏当なことばでお茶を濁す。なにか、ろくでもないことでも思いついたのでは?、と勘ぐってしまう。しかし、
「用はあなたじゃないのよ」とエリタスサマ。
まさかラムネさん? と一瞬思った。
「ロクヘータ、あなたの所有する女奴隷たちに用があって来たのよ」
全員?
瞬間的に直感、(水と油じゃないのか、)と。
方や転生者とはいえお高くとまった貴族のお嬢様。しかも転生元でも高校が『慶墺』と来ている。
方や〝顔と性〟を武器に人生成り上がろうとする女たち。〝女奴隷〟になるのも厭わない清々しいほどの開き直りっぷり。みんな美少女なのに、もはやここに『の子』が続けて入る余地も無いほど。
これほど異なる価値観を持つ者どうし、絶対に接点など持たない方が平和に違いない!
「なんのご用事でしょうか? エリタスサマが直接言わずとも代わりにこの僕が伝えておきますが、」
「わたしの考えを、どうしてロクヘータの口を介して伝えなきゃいけないの?」とエリタスサマから。
「いや、まぁ、」とド正論の前にはことばも濁る。
「じゃあロクヘータ、わたしが直接言わなくても済むよう、あなたがわたしを紹介する役だからね、女奴隷のご主人さまなんだし」
既にそう口に出されてしまい、もう食らっている逆ネジ。もはや止める手立ても無さそう。あとは元女奴隷の皆さんが対応をしくじらないよう信じるしかない。僕らの運命はこのエリタスサマに握られているんだから——
などなどと思っているうちにもうエリタスサマがすたすたと。すかさず反応して着いていくルゥンさんとただ目で追っているだけの自分。早くもエリタスサマの手が美術品収納庫の扉に掛かかりもう開け始めている。僕の方もようやく身体の反応が追いついた。
間の抜けたタイミングで扉が開いたら、何人かは〝誰かが入って来ようとしている〟ことに気づく。元女奴隷の皆さんはエリタスサマのその姿と顔は一度は見ているし本邸から来ているメイドさんたちなら全員が知っていて当然。エリタスサマ入室に気づいた部屋の中の何人かが両手でスカートをつまみ上体をかがめ〝礼〟をすると、今度はその様子に気づいた全員が手を止め同じように所作をしていく。
こうなると紹介もなにも僕がとかく言う必要は無いよな。——と思ったがエリタスサマが顔を僕の方にわざわざ向けて目配せし、しかも念入りに顎までしゃくっていた。
「え、えりたす・ふぉーえんつおらん嬢である!」ほぼ反射的にそう喋っていた。
あれ? こんな言い方で良かったんだっけ? と、もう自分の言った口上に自信が無くなっているが、エリタスサマは僕の方に何か苦情めいたことを言うでもない。
「今日からわたし、このロクヘータを連れて学校へ行くから、あなたたちもそのつもりでね」
エリタスサマに言われたのは元女奴隷の皆さんの方であるようだった。
——もしやこれを直接元女奴隷の皆さんに言うためにわざわざここ(美術品収納庫)にやって来たのか?
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