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第58話【『ラムネ』という名の女奴隷、その噂話 byエリタスサマ】

 一方、エリタスとその専属メイド・ルゥンは本邸へとふたりで歩いている。

「ルゥン、わたしの横を歩きなさいよ」とエリタス。


「ご冗談を。使用人がご主人様と肩を並べて歩くなど」とルゥン。終始エリタスの斜め後ろを歩き続けている。


「それじゃあ〝したいお話し〟もしにくくてしょうがない」とエリタスは口にして「——じゃあわたしが後ろを向くしかないか、」そう言うやエリタスはぴょんと軽く飛び上がり身体の向きを百八十度反転させ着地。ルゥンと正面から向かい合う。ふたりとも足が止まってしまった。


「ご機嫌そうですね」とルゥン。


「あら、それは皮肉かしら?」と口元に手を当てつつエリタスは言った。


「あっ、申し訳ありませんエリタスお嬢様、わたしとしたことが、」と言うやスカートを両手でつまみお辞儀をするルゥン。

 しかしエリタスは顔に微笑みをたたえたまま、

「いいのよ。機嫌がいいのは事実だし。でもあなたの機嫌は違うようね、ルゥン」

 そこまで言われてルゥンはエリタスの足元に目を落とした。無言の状態が続く。

「——口数も、ぜんぜん無いし」と押し込むエリタス。


「……」


「思っていることをわたしに言いなさい。これは命令よ。これならいいでしょ?」


「エリタスお嬢様が使用人の機嫌など、そんなものにお気づかいは無用です」


「でも、それはたぶんわたしにも関係のあることだから。どうせあの『ラムネ』っていう女奴隷のことなんでしょ? わたしの前に堂々とやって来るなんてたいしたタマね」


 ルゥンは少しだけ驚いた表情を見せ、しかしすぐに表情をポーカーフェイスへと戻すと、

「そうですね、たいしたものです」と反芻するように返した。


「あなたとわたしの言う『たいした』は意味が違っているみたい。要するに『全部ロクヘータが悪い』、そういうことでしょ?」


「いえ、決してロクヘータさ、ま、が悪いなど、」

 〝ロクヘータさん〟を慌てて〝ロクヘータ様〟に訂正したルゥン。しかしそこに突っ込むでもなくエリタスは話しを続けていく。

「あれだけ一生懸命ルゥンが教えていたのにぜんぜんできなくて、女奴隷がちょっとアドバイスした途端に課題クリアだからね、元気が無くなるのも無理はない」

 ここで突然ルゥンの目からつーっと二条の流涙。

「ここ、泣くとこっ⁉」とエリタスの裏返ったような声。


「あっ、申し訳ありません。エリタスお嬢様のあまりにお優しいことばに」と言って頬の流滴をぬぐうルゥン。


「そーゆーリアクションされるとこれからしようと思っている話しをしにくくなるんだけどっ」


「りあくしょん?」


「とにかく、〝リアクション〟の意味なんてどうでもいい。今はあの『ラムネ』という女奴隷の話しよ」


「あのラムネという女奴隷がわざわざロクヘータさんに逢いに来たのが引っかかっているのでしょうか?」


「解ってるじゃない、ルゥン。そうね、少し腹が立っている。だけどいまからするお話しはもっと黒い話しなの。そういうお話しはこういう野っ原みたいなところが都合がいいの」


「誰にも聞かれる心配が無いから、ですか?」

 ルゥンがそう訊くとエリタスは無言でうなづいた。

「ねぇ、ルゥン、わたしは『女奴隷』なんていう種類の人間にまったく詳しくないんだけど、いったい誰がそんな者を買うの?」


「そうですね、身分は高くなく、しかしお金だけは豊富に持っている者。具体的に言うと裕福な商人か経験値を積んだ手練れの冒険者が主な顧客です」


「当然買った奴が『ご主人様』になるのよね?」


「それはまったくその通りです」


「女奴隷がご主人様を乗り換えるなんて普通はあり得ないのよね?」


「あっ!」とルゥンが声を上げた。すぐにエリタスがことばを繋ぐ。


「解ったでしょ? あの『ラムネ』っていう女奴隷はご主人様を乗り換えている。おおかた動機は〝性的虐待を受けた〟なんでしょうけど、ロクヘータに殺人までやらせている」


 ルゥンは呆然とした顔をしている。


「——殺された二人組はロクヘータの貯めた金を奪おうとしていたのは間違いないと思う。だけどその二人組の行動を利用してまんまとご主人様の乗り換えに成功してる。これは偶然か、それとも計算か、」


「しかし、ひとつ辻褄が合わない点が、」と、語尾を濁しながらもルゥンが切り出した。しかしそのことばはエリタスの表情にまったく影響を与えない。


「あぁ、皆まで言わなくても解るわ。〝()()()()()〟のことでしょ? ご主人様を乗り換えるところまでは解るとして、他の女奴隷たちはなぜそこにいるのか?」


「はい」


「わたし、ロクヘータと話して感じたんだけど、あれ、()()()()()()()しようってタチじゃない」


「ばくがい?」


「『たくさん買おう』ってことよ。どうかしら? わたしの見立ては」


「確かにロクヘータさんは〝女で遊ぶ男〟には見えません」


「って言うより女の子を前にすると萎縮するタイプね、あの数からしてラムネっていう女奴隷にそそのかされたのよ」


「あり得る話しです。でもその数が多ければ多いほどロクヘータさんを〝独占〟できなくなってしまいます」


「いいえ。逆ね。もし三人とか中途半端に少なく買った方が却って別の方へと心移りの可能性が高くなる」


「なら最初から他の女奴隷などロクヘータさんに買わせない方が良かったことになるのでは?」


「カムフラージュね、本当のことや本心を悟られないように。『ご主人様を乗り換えた』っていう印象を極限まで薄めておく必要を感じていたからこそじゃないかしら」


 ルゥンは涙の跡がまだ残っているその顔に意味深な笑みを浮かべた。

「感想を、思ったままを口にして良いか本当に困ってしまいますね、エリタスお嬢様は」


「いいわ。言ってみて」


「わたしもまったくお嬢様に同意です」


「そんな笑顔してるのにたったそれだけ?」


「発想が悪役っぽいです。それを堂々と口にしてしまうエリタスお嬢様がわたしは好きです」


「わたしも良い意味で育ちの悪さが出てしまうあなたが好きよ、ルゥン」


「しかしこのお話し、いえ、考え方はあまり人の多いところで披露するには問題があります。なにしろあのラムネという女奴隷をステータス・オープンすると属性は『聖女』になっています。これだけでもう、」

 この時点でもうエリタスはルゥンを手で制してしまった。

「わたしはそんなものは信じない。人間はそうそう単純に区分けや区分なんてできない」


「エリタスお嬢様……」


「それに『ステータス・オープン』が正確な情報を常に表示しているとは思えない。あんなタブレット端末のようなもの使われたら偽情報を表示するコンピューター・ウィルス感染っていうか、偽表示魔術なんてのもあるかもしれないって思っちゃう」


「そこまで考えますか? 『ステータス・オープン』を疑う人なんていませんが」


「わたしも元異世界人だし」と自身を指差すエリタス。「——それにわたしは人が悪いから」


「すると『ラムネ』という女奴隷はどうしましょう? ロクヘータさんの傍にいていい者なのかどうか」


「厳密なこと言うと今のところどちらか解らない。真性に腹黒いのか、単なるアホという可能性も残ってるは残ってるし、」


「……〝アホ〟ですか」


「そう。アホ。確かもう処女じゃないのよね?」


「はい。『前のご主人様』が既に手をつけています」


「いっそのこと妊娠していてくれたらロクヘータのところから引き離す格好の口実になるのに」


「……」


「ルゥン、何も言わないの? さっきはあんなにノリが良かったのに」


「エリタスお嬢様には振り回されっぱなしです」


「でも振り回されるのも楽しくなってくるでしょ? 退屈よりは」エリタスはまったく悪びれる様子も無くそう言ってのけた。

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