第56話【生のエゴサーチ】
脅迫っ⁉
と、一瞬でも思ってしまった。しかし身体が固まってしまったのは僕のみならずラムネさんもらしい。空く僅かのタイムラグ。
「そういう顔、しないでくださいね、」そう言いながらルディアさんはバケツ状の桶を地面の上に置いた。今さらながらに気づいたが、その中は満々と水で満たされている。あの美術品収納庫から少し離れたところにある井戸、そこから水を汲んできた帰り道、以外に解釈のしようがない遭遇。
「重そうだね」と声が自然と飛び出した。
「ええ、重いです、」とルディアさん。「——でも〝ここだけのお話し〟っていう話しについてのお返事じゃありませんね、ご主人さま」
「……」
「……」
僕もラムネさんも黙り込んでしまってる。だよな、僕が言わないとな。ラムネさんとルディアさんは立場としては対等で、僕は〝ご主人様〟って事になってるから。
「『ここだけの話し』はもちろんここだけの話しってことで」と、そう言った。そう言うしかない。
「ご主人さまとわたしは、同じようにご主人さまがいる身なんですね」とルディアさん。
ははっ、と笑ってごまかす。ルディアさん、そこ、無表情で言わないで欲しいんだけど。もちろん口になんて出さないけどさ。
「僕も〝ここだけのお話し〟をされてたりして〜、なんてね」
言った直後にはもう〝余計なお喋りをしてしまった〟という後悔の念が。僕は、相手が奴隷だろうと〝女子と喋り慣れてない〟。言わなくてもいいこと言ってしまった。
無言の時間が流れていく。気まずい沈黙。なんかこっちから別のこと言った方がいいのか?
しかしぐずぐずしている間にルディアさんが重そうなバケツ状の桶を持ち上げ、そして、
「されてます」と短くひと言。もう歩き出そうと一歩目——
そいつは流せないっっ! 電流のようなものが瞬間的に身体の中を奔ったとしか思えない。
「聞かせて!」もう既に口がそう言った後だった。
バケツ状の桶を持ったままルディアさんは、心底嫌そうな顔をしながらこう言った。
「わたし、困るんです。ご主人さまに嘘をつくのも罪ですし、かといってなんでもかんでもあけすけに言ってしまえば一応仲間を蹴落とすことになってしまうんですよね、なんかすごっく暗い女の子になりませんか?」
その見方、確かに成り立つ。根が真面目なコなのかもしれない。
「それにそのことなら、そこにいるラムネも聞いているはずです。詳しいことはラムネの口からでも——」
ソイツはダメだ! 脳が電光石火で結論を弾き出した。ラムネさんに訊いてもどこか外したぽわんと不正確なことを喋るに決まっている!
「いや、ルディアさんの口から聞きたい!」
「でも、」
ご主人様に嘘はつけないが仲間のいないところで悪口めいたことは言いたくないというのは筋が通っているし却って信用できる。ラムネさんには悪いが僕の評判(ここだけのお話し)はこのコの口から聞くのが一番正確だ。だいいちこういうシチュが再び起こるかどうかなんて解らない。他の二十二人がいない状況などそれこそ〝再現性〟など無いに違いない。
「じゃあ、固有名詞—、いや〝名前無し〟ならいいでしょ? そこは言わなくていいから。みんなが何を考えているのか、この際知っておきたいんだ!」
そこまで言うとようやくルディアさんはバケツ状の桶を、再び地面の上へと置いた。置くやルディアさんはラムネさんを見て、
「じゃあラムネ、もしもの時はわたしが誰の名前も出さなかったこと、証言してくれるよね?」と念を押した。
僕もラムネさんを見る。
「もちろんです!」となぜか明るく元気なお返事のラムネさん。いつもこんな感じだけど今回ばかりは調子が狂う。しかしこっちとしては心臓がバクバクってくる。なんてったって、生のエゴサーチを始めようってんだから。
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