第40話【『避妊具』の存在しない世界】
「じゃあロクヘータ、次へ話しを進めるけど、」とエリタスサマが喋りかけると、〝こほんっ〟と少しわざとらしい咳払いのメイド姿のお姉さん。
「エリタスお嬢様、この後のお話しは私が引き継ぎますので」と口にした。
「これからが肝心なトコなのよっ」とエリタスサマ。
「いいえ。〝肝心なところ〟はエリタスお嬢様の護衛の件です。そのことについてはロクヘータさんは同意してくださいました」
「そこは日本の事情を知っている者同士ね——」
「申し訳ありませんがエリタスお嬢様、フォーエンツオラン家の跡継ぎとしての品性というものを軽んじられては困ります。お嬢様が〝伝えておきたい〟と思われることはわたしの口からロクヘータさんへ伝えさせていただきます」
「そんな話しを傍で聞いてる方が恥ずかしくなってくるんだけど」
「だいじょうぶです。このお部屋ではしません。ではロクヘータさん、こちらへ」と言って歩き出す。
「あっ、ちょっと待ちなさいルゥン!」
メイド姿のお姉さんがそこで振り向く。
「お嬢様はそこで温和しく待っていてください」
それきりあのエリタスサマが温和しくなってしまった。
「ではこちらへ」と改めてメイド姿のお姉さんに誘導される。されるままに部屋を出て廊下を通り抜け石造りの階段を一階へと降りていく。
「凄いですね、何もかも〝言いなり〟じゃないんですね」
「当然です」
しかし返答はこれのみ。やがて二人とも完全に一階の地に足をつけた。玄関ホールというのだろうか。
「では隅の方へ」とまだ誘導をやめるつもりが無い。そこまで?
「なんか良くない話しでも?」と訊くと、
「神聖なお話しです」と戻ってきた。
しんせい?
メイド姿のお姉さんは壁ぎわの隅まで来て足を止めるとくるりと身体をこちらに向けるとまっすぐに目を見てきた。いや見つめてきた。
「ロクヘータさんは〝赤ちゃんのつくりかた〟をご存じですね?」
「え……、はい、だいたいは」
思わずしてしまう〝みょうな・はんのう〟。
「聞けばそのための行為はとろけてしまうくらいに気持ちのいい行為であるとか」
「……という噂は聞きますね……」
「ご経験はありますか?」
なにこれっ⁈
「失礼しました。こういうことは一方的に訊くものではありませんでした。この私、ルゥンにはその行為の経験はありません」
恥ずかしげもなく〝処女宣言〟してしまったメイド姿のお姉さん。いや、女の人の場合〝経験済み宣言〟の方が恥ずかしいのか? てなくだらないことを考えていると、
「ロクヘータさん、正直に言ってみてください」と回答を迫られる。
なに、この圧は。〝正直に〟の部分が怖いんですけど。
「経験は、無いです」正直に言った。
「本当に行為をしていないと?」とそれでも念を押してくる。
なんで僕は女の人に〝童貞宣言〟を強要されているんだ⁉
「そうですよ」
「あなたは『ラムネ』という女奴隷とふたりきりで行動している時間がありましたが」
「それはまあ〝そうなりかねない〟感じはあったけど、ラムネさんに『今はダメ』とそう言われているから」
「その理由について何か言っていましたか?」
「なんというか、『誰が父親か分からなくなるから』と」
なんて会話だ、これは!
「それでロクヘータさんは我慢した?」
「そこは耐えに耐えました」
もし欲情して行為して赤ちゃんが生まれてしまって、『もしかしたら〝殺してしまった男〟の子どもかもしれない』、なんてなったら、この後ろくな人生にならないに決まってる。
必然母親の立場となるはずのラムネさんも『この殺人は正しい』だしなあ。生まれる赤ちゃん目線では〝父親かもしれない男〟の殺人の正当化だ。冗談じゃなく重い話しだよなぁ。
「さすがはロクヘータさんです。そしてあなたが買ったラムネという奴隷もまたひとかどの女奴隷です」
〝ひとかどの女奴隷〟って誉めことば?
「あの〜、このお話しの意味は?」
「そしらぬ顔で男を誘い行為に及ばせれば、誰の子か分からなくても『あなたの赤ちゃんです』と言い張れますから」
「え……、じゃあもし赤ちゃんが生まれてしまったらその赤ちゃんは誰が育てるんです?」
「或る一定の年齢、五歳までは生んだ女が育てます。後はギルドが引き取り魔物退治の訓練を施すことになります。だからギルドもいろいろ金が要りようなんですよ」
「それで僕に対する対応が厳しいんですか……」
「話しは少し逸れますが私もそうして生まれた赤ちゃんが成長したなれの果てのひとり、ということです」
「い、いったいこれにはどういう意味が?」
「エリタスお嬢様から『日本』という異世界のお話しを聞きました。『日本』には行為をしても赤ちゃんが生まれないようにする魔法の道具、魔法の薬があるとか。するととろけるような気持ちだけを味わえる、とか」
なんだこれ? 『コンドーム』とか、『ピル』とかいったか、そういう避妊の方法か? アイツ(エリタスサマ)なんて事を喋ってるんだ。
「た、確かにその通りです」
「仮に赤ちゃんができても、生まれないようにできる魔術も存在するとか」
どう考えても『中絶』の話しだよな……まったくエリタスサマは。
「……それもその通りです」
「そうですか、私も初めて聞いた時は耳を疑いましたが、本当のことだったんですね」
「あのう、それでこのお話しの意味は?」
「この世界にそういう魔法や魔術は存在しない、ということです」
この異世界には避妊具や避妊法が無い!
——しかも元の世界(日本)が魔法や魔術のある世界にされているとは……
「ロクヘータさん、聞いていますか?」
「も、もちろんです!」
「そしてここからが結論です。エリタスお嬢様はロクヘータさんが女奴隷たちと行為に及んでしまい、赤ちゃんが生まれてしまうことをたいへんに好まれてはおりません」
「……」
「そのことを常に頭の中に入れておいてくださいね」
こいつぁ、とんでもない大釘を刺されてしまった。
アイツ(エリタスサマ)に雇われて生活を維持しなければならない以上、この命令は絶対だぞ……
「それでは屋敷の外までご案内させていただきます」と一転メイド姿のお姉さんは微笑み顔となり、再度僕の先導を始めた。足もおぼつかなくなったように感じ、後をただ着いていくだけ————
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