第35話【悪役令嬢による分断策】
ギィと屋敷の玄関ドアが開くとそこにはメイド姿のお姉さん。ルゥンさんといったか。いなや「あのっ、急いでトイレを!」と急を告げると、
「ではこちらへ」と先導をし始める。すたすたとやけに足が速くそしてこの屋敷のトイレがばかに遠い。
「トイレにこんなに歩くんですか?」思わず訊いてしまう。
「いいえ。本来はもっと近いんですけど、〝使用人用〟というのがあるのです」
「しようにん?」
「ええ、使用人です。すぐ解ります」メイド姿のお姉さんは答えた。
どれくらい歩いているのか、或るドアの前に辿り着く。家の中にもう一枚玄関扉のような大きな立派なドアがあった。〝疑問〟について考える余地も無くメイド姿のお姉さんがそのドアを開けると急にガラリと屋敷の中の雰囲気が変わった。
屋敷だったものが普通の家になったようだ。そんな感じしかしない幅のさほど無い廊下を通り抜けようやく、
「こちらです」といたって普通の大きさのドアを示された。
示されるや直ちに突入していく元女奴隷の女の子。続いてメイド姿のお姉さんはラムネさんの方に視線を送った。そう、実はここへは三人で来ている。
「——いま少しだけ中が見えたとは思いますが、ここは三人くらい優に同時に用を足せます。いま中は女性の方ですのであなたには遠慮の必要は無いと考えますが」メイド姿のお姉さんはラムネさんにそう話し掛けた。
ただ、ラムネさんは『尿意がある』と偽っていっしょに——と思ってる傍から、
「あっ、ありがとうございます。わたしはみんなに場所を教えてあげた方がいいかなって思って着いてきただけで」と、ラムネさんが正直に話してしまう。
あちゃー、と思うがメイド姿のお姉さんは表情も変えずに、
「そうですか。ではロクヘータさんは大丈夫なのですか?」と今度はこちら、僕に振ってきた。
「ええ。今は大丈夫ですけど僕は行きたくなったらどこへ行けば?」
「同じところで用を足していただきます。つまりここです」
「男用とか女用とかは?……」
使用人用とご主人様用を分けているくらいだから、と考えるのは普通だろう。が、
「ありません」ときっぱりと言われてしまった。
「困りません?」
「ここは劇場でもなければ廟議の場でもありません。私邸です。女も男も分けないのがごく一般的というものです。その代わりに少々広くは造ってあります」
そりゃ自宅のトイレ男女兼用だけど……それは〝普通のウチ〟の話しで……と思うが不平不満など言える立場にはない。まあある意味『ジェンダーフリー』かもしれないなぁ、とくだらない事を考えている最中にメイド姿のお姉さんから声がかかる。
「ところでロクヘータさん、これからはお屋敷の方の玄関に回らないで下さいね、その方が早く用を済ませることができます」
「するとどこから入れば?…」
「使用人の通用口です。常時開いているので玄関ではなく、『通用口』からの出入りをお願いします」メイド姿のお姉さんはそう教えてくれ、使用人なぁ、などとまたまた感想など思っていると、それを読まれてしまったように、
「そうそう、私もここを使っているんですよ」と付け加えられ釘も刺されてしまった。
「でもあの……、僕らのために常時開けっ放しも危ないんじゃぁ」
「なら見てもらった方が早いでしょう」とメイド姿のお姉さんはまたしてもすたすた先導を始めてしまう。慌ててラムネさんと後を追うと廊下の突き当たりを曲がる。その先には男女問わず使用人達が十数人集う食堂か、はたまたミーティングルームかといった風の部屋。誰も彼もが僕らにいぶかしげな視線を送ってくる中を形見狭く(?)横切ると、その先短い廊下の向こうにドアがあった。
「あの扉を開ければすぐ外です。この一角は使用人たちが寝食をする場所で、何かあった時すぐに外へと出られるようにと〝元々〟鍵は開けたままなんです」
「でもやっぱり夜に開けっ放しも危ないんじゃあ……」
「先ほどの部屋には常に番の者が四人詰めています」
なんで番人が寝ずの番をしてるんだ?
「何かあった時って、どんな時なんです?」疑問をそのまま口にした。
「火事ですね。使用人たちにあてがう部屋が屋根裏である〝お家〟よりは、よほど当家の方が使用人たちのことを考えているということです」
まあアパート暮らしをしている身からすると、上に人がいるのはけっこう音が気になるものだが。でも確かに屋根裏よりは一階の方が待遇は良いような気もするが——などと考えているとまたもメイド姿のお姉さんからの声。
「当家の評判をどこかで耳にされたかもしれませんが、それは誤解に基づくものだと言えます。個々人の部屋には鍵はかけられますから」
しかし外への出入りが自由というのはいかがなものか。
「エリタスさまはそんな家に住んでいて大丈夫なんですか?」
「お嬢様のご心配、ありがとうございます。でもこの区画から本宅への扉は鍵がかかるので大丈夫です」
〝向こう〟側だけは鍵、かけるんだ……なるほど、だから〝ここ〟へと通じるドアが玄関みたいな立派なドアだったのか——
「ところでロクヘータさん、」とメイド姿のお姉さんはなぜかニッコリ笑ってこちらを見た。今まで表情無く種々の説明をされ続けてきたためなにか違和感を感じる。
「はい、」と応答する。
「そのエリタスお嬢様がぜひお話しをと、望んでおられます」
「僕に? いったい何の用事でしょう?」
「お嬢様のお考えです。直接お訊きになってください」と戻ってきた。
「じゃあラムネさん行こう」と口にした途端にブレーキが。
「あなたにはその必要はありません。あくまでロクヘータさんとだけ、と希望しておられます」
ただあっけにとられたような表情のラムネさん。
「それにラムネさんと言いましたか、あなたには私が個人的に用がありますので、しばしあちらのお部屋でお待ち頂きます」さらに加えてメイド姿のお姉さん。
〝部屋〟とは言うがそこは使用人たちが集っているあの場所では? 扉も無かったが……、まあ男しかいない部屋ではなかったのでその点大丈夫とは思うけど。
そうして僕らはさっき通ったばかりの部屋(?)を逆ルートで戻るが、そこでメイド姿のお姉さんがやはりメイド姿の人を一人捕まえ耳元でなにやらごにょごにょと。案内役が案内を中断してしまったため必然的に僕らの足も止まる。
なんか聞かれたらマズイことを話している、ようにしか見えない。
この間を使いラムネさんの方を見ると目でなにかを言っている。無言で肯いているような。
〝ここは言うとおりにしておいておいた方がいい〟と、そういうことか。たぶんだけど。
これはつまり〝エリタスさま〟というあの雇い主が、女奴隷なんかと席を同じくしたくはない、ということなんだろう。だから〝ラムネさんに個人的な用事があることにした〟に違いないな、てなこと考えていると、
「お待たせしました」と声が掛かった。
ハッと我に返るや、
「じゃあ案内をお願いします」と反射的にメイド姿のお姉さんに言っていた。
続きは『カクヨム』で連載中です。
お急ぎの方は『無双転生者と24人の女奴隷たち。そこへ悪役令嬢が突っ込んだ!』で検索してみて下さい!




