第32話【住み処の大掃除】
エリタスお嬢さまという人、そしてメイド姿のお姉さんの後をひたすらについて行く。本邸と思われる屋敷の近くに来たがその中には入らずをぐるっと迂回し裏へと回り込む。
裏の方にもやはり石造り、ヨーロッパ然とした建物がそれぞれ十二分の距離を保ち延々等間隔で並び続けていた。どことなくマイホームセンター然としているが、どの建物もいわゆる〝マイホーム〟とは比較にならないくらいにデカい。
そのうちのひとつ。最も本邸から離れた一件の前で案内役の二人の足が止まった。
「ここです」と黒髪の乙女エリタスお嬢さまは言った。
ここも立派な建物だ。元女奴隷の皆さん二十四人と自分を合わせて二十五人、余裕で暮らせるとそう思った。
「ルゥン、」とエリタスお嬢さまとやらがメイド姿のお姉さんの名を呼んだ。
「はい」
「こちらの方はなんと呼べばいいのかしら?」と訊いた。開いた右手の平は僕の方へ向けてある。
〝こちらの方〟とは間違いなく僕だ。元女奴隷の皆さんの方はろくに見ていない。
「ロクロ・ロクヘータさんです」
「じゃあロクヘータでいいわね」
呼び捨てかよ! と思ってる傍からさっそく来た。
「ロクヘータ、」
「はい、」とまで言ったときどこからか視線を感じた。メイド姿のお姉さんというかルゥンさんがただじっとこちらを見ている。なぜかあんまり優しい目じゃない。急に変わったという感じだ。
「はい、エリタスお嬢さま」そう口にすると無言でうなづくルゥンさん。しかし〝エリタスお嬢さま〟とかいう人は僅かに小首をかしげる。前髪も揺れる。
「エリタスさまでいいわ」
ほとんど変わってねーいっ。
なぜ俺がこんな小生意気な女に……まで思ってそれ以降の思考をぶった切った。
元女奴隷の皆さんを養うためには、この女の前では温和しくしているしかない。やはりエリゼさんがただ例外なだけだったのだ。
「分かりました。エリタスさま」
くっっそーっ! と思うが、その感情を表現するわけにはいかない。
エリタスさまは少し毒気のある微笑みを返してきた。いや、そう見えるだけなのかもしれないが。とにかく〝上機嫌〟であることだけは感じ取れた。そのエリタスさまが喋り始めた。
「わたしはけっこう正直な女の子なのよね、」と。
「それは素晴らしいことです」とこっちもお追従。
「だから正直に言うけど、ロクヘータたちに住んでもらおうって思ってる建物は、実は倉庫なのよね」
「……」
「わたしが正直に言ってるのに反応が無いんですか?」
「あっ、いや。どう言ったらいいのか、」と言いながら改めて建物を見上げる。
ん?
「倉庫と言う割には立派だし、窓が普通についていますが」
「ここは絵画用の収納庫だから、ある程度風通しが良くなるように造ってあるから。真っ暗だと鑑賞もできないでしょ」
なるほど、そういう事なら〝まったく人が住むに耐えない環境〟とは言えない。その笑顔の印象もこうなれば変わってしま————
ウン、一瞬だけ変わったんだ。その〝エリタスさま〟とかいう女雇い主の印象は。
中に入ると、そこは『倉庫』としか言いようがなかった。
玄関(?)のドアを開けてもドアはきしむような音をたてない。建物自体はまったくボロくはない。だが中は埃が雪のように積もっていた。
「ちょっと手入れが必要ね」エリタスさまの声が横からした。
ちょっと? まあDIYが必要じゃなければ〝ちょっと〟なんだろう。ほうきとちり取りだけでなんとかなるなら、まあ上出来と言えるんだろう。
ただこの大きさ広さ、一日でどうにかなるのか? これ?
そういえば、と、元女奴隷の皆さんの方を振り返れば——引きつった顔をしている者が少なくない。
そんな中、ラムネさんだけは〝意志を感じる笑顔〟。
この場合の〝意志〟とは『お掃除やっちゃいましょうっ』という意志。全員に総スカンを食ったらさすがに辛いがラムネさんがいると思えば大丈夫。
「それでは、エリタスさま。二十五人分のほうきと雑巾、適当な数のちり取りとバケツをお願いします」
「二十五人? あなたもやるの?」僅かに眉間に皺を寄せエリタスさまが訊いてきた。
(なぜにその顔?)と思うが返事は変えられない。
「ええ、そのつもりです」
これくらいやらないと元女奴隷の皆さんを動かせないだろう。しゃがんで床のぞうきん掛けなどしたらまた〝ぱんつ〟がチラチラになるだろうが、それを気にする様子が無いのが元女奴隷の皆さん。逆に僕が指示だけ出して何もやらないとそっちの方が何かを言われそう。
そしてもうひとつ、少し意地の悪い考えが。
未だ元女奴隷の皆さんの顔と名前が一致していない。現状、誰が誰やらさっぱりなのだ。外見美少女だらけに髪型も全員ロング。ただでさえ人の顔を覚えられないこの僕には『今すぐ一致させろ』と言うのがムリゲーだ。
この大掃除に協力的か、非協力的かで、それぞれの人となりというものがほの見えてはこないだろうか。性格が見えてくれば、そうなれば名前が覚えられるかもしれない。
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