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妖精機動セイバー・シルフ  作者: 草間
妖精機動”フェアリー・マニューバ”
2/2

白銀の騎士part2

現代航空機であるジェット機特有のターボファン・エンジンの音が魔性の霧の中に響く。


響くといっても騒音とは異なった感触の音色。

従来の燃料と空気の燃焼噴流という機械的熱の籠った燃焼音ではなく一段階高い、透き通り貫くような特徴的な音が

銀の騎士の帰還が近いことを彼らに知らせた。


視界的にも電子的にも”まばら”に濃淡があり惑わせる魔性の霧の中、わずかなに明滅された誘導灯を頼りに

銀の騎士……セイバー・シルフは帰還した。

しかしそこは整備された前哨基地でもなんでもない。塹壕近くの野営基地ですらない。


未だ抵抗軍が死守している市街地も遠い……ただの森。

その中に偽装されていたトレーラーが数台並ぶだけの場所。

すぐ近くに緩やかに降り立ち、歩み寄り……トレーラーの荷台へ膝から乗り込むように体を落ち着けた。

ちょうど正座にあたるような行儀の良さだがいくら戦車運搬用と言えど窮屈に思える滑稽さもある。


熱の籠らないファンがゆっくりと停止していく中で胸部の人間で言えば”みぞおち”のあたりが解放され

戦闘機用のものが改修された操縦席がゆっくり引き出されていく。

各部の装甲が展開、及びウィングが折りたたまれ収容が終われば機体後部から”小型の冷蔵庫のような筒”が分離し窮屈さから解放された伸びのように足を展開させた。

虫のような工学的な足が荷台に接地すると引き出された操縦席まで滑り寄り、パイロットを迎え降りるための足場となった。


金属を踏み込むブーツの音がひとつ、ふたつとなり下りれば

その巨大な筒……サポート・ドロイドを伴いながらパイロットは仲間達へ帰還の報告をしていく。


「おかえりなさい、”オズ”さん。」


自分より少し幼い少女のソフト・エンジニアには軌道記録及びナビゲーションソフトが入っているタブレットの返却を。

航空機のコクピットに配置されている計器類以外にも必要な情報を映し出すデバイスとして運用しているタブレット。

パイロットであるオズの左足には拳銃を携帯するためのホルスターのようにタブレットを固定する器具が

備えられている。

これにより霧の中であったとしても目標地点まで一応のナビゲーションが行われ、またこのその軌道の記録も兼ねていた。

これは魔性の霧という存在を解析する足掛かり、情報を欲しているからに他ならない。


「剣一本でようやりおる。」

「わしらの若い頃でも拳銃一つは持って行ったのにな。」

「機関砲の一つや二つ搭載できれば違うんだろうが困ったもんだ。」


次に老人しかいないメカニックのハード・エンジニアへはフライト中のフィーリングや”ソード”や格闘戦で使った箇所の報告。

老人たちはこう嘆いているが剣一本で頼りないというわけでもない。

このセイバー・シルフは頑丈なフレーム内蔵式人型兵器…といえばいいのかともかくその巨躯で速度さえ乗せられれば破壊が可能な箇所への蹴りや肘打ちにも十分耐えられる格闘戦能力を保有している。

それに人間と同じ動きが出来るというのは色々やり方を試せるという強みが確かにあると老人たちはいう。

装甲車両ぐらいならコンクリート製の電柱を投げつけるだけでも大きな衝撃と損傷を与えられているのだから。


「まーそろそろ中佐の手引きで若いのが来る予定だ。なんとかなるじゃろ。」

「そんなもんかいな。このへんくつ騎士のことなどなんもわからん。」

「シールドとナイフはもう少し時間がかかりそうだがそれもどこまで運用できるか。」


それに何よりセイバー・シルフは”火器を嫌がる”ことが大きかった。

オズがその時を見たわけではないが搭載しようとすると拒絶された…一人でに動き出して暴れたわけではないが火器管制システムがエラーを起こす。

そもそもどう搭載するか工学的な配線ルートが作りにくいとのことだった。

その機械にあるまじき異様な有様や生物的な反応にエンジニアたちは頭を抱え、また気味悪がっているのは確かにある。

しかし現状特異な戦力として存在しているのだから使わない以外はないとのことで使われている……なので別の技術者を呼ぶとのことだったが。


「戻ったか」

「中佐」


そんな存在に頼らざる負えない状況を苦く思っているのは、この抵抗軍一部隊の指揮官とも言える立場の男

ガレアード中佐が最も頭を悩ませていた。

東ドイツ時代から装甲機動を運用してきた実績のあるドイツ機甲師団の元指揮官はある事情から流れに流れてこの戦域にたどり着いた男。

その先で満足な部隊運用どころか抵抗運動さえもできないだろうことは自身の経験からわかりきったことにも関わらずここに留まっているのはその悩みの種があまりに異質。

その異質な種がまともな戦闘要員すらいないこの抵抗軍の一部隊の重要な力の一つとして活用され一応の音頭を執って昨日しているのだから気が触れているのか、触れないのがおかしいくらいだと常に思う。


「次の作戦までには専門家が到着する予定になっている。私のツテで呼び寄せた人間ではあるが技術面では信頼できる優秀な人間だ。」


「次の作戦ですか……」


この異様な機動兵器、航空兵器とも装甲機動とも言い難い存在は欧州……特に東欧を蝕む魔性の霧の中を飛びすさび

現れては剣一つで切り込み、火砲を操り唸らせる装甲機動を切り伏せていくことが出来るのだ。

気味が悪いとしか言いようのないものを一応”味方”として引き入れて活用している。

ガレアードが指揮していた部隊ではその火砲を操り都市部で戦い平地では装甲戦力として活躍する機動兵器であったのだが今指揮下にあるのはその不気味な銀の騎士だ。

言うなれば現代機械化歩兵(ソルジャー)ではなく中世装甲騎士(アーマーナイト)、しかも飛んでいるときている。

一番異質なのはそれを操るこの少年なのだが、それは言うまい。


「お前が動かせているのならばまだ問題はないだろう。」


異質というのも無理はないどころではない。言葉はないのだ。この妖しい存在は乗り手をたった一人しか認めなかった。意志を持っているとしか思えない。

兵器であるならばマニュアルの読了と操縦の習熟度はさておきキーを捻ればエンジンがかかり動き出すものだが

こいつはたった一人にしかその席を明け渡さないときている。

だからまともな話となれば運用とも呼べない、活用と呼ぶしかないのだ。


「なんとか帰還できました。あの人たちが撤退する手伝いも出来たと思います。」


たった一人……13歳の少年”オズ”と呼ばれている仮の名であるオズワルド・エコールを主としか認めない名前の通り忠実なる騎士と言えば聞こえはいいが

悪魔か悪霊が取り付いた先がこの巨大な化け物ではないかとしか思えなかった。


「十分だ。拾うことが出来た無線からも介入した地域の撤退は完了しつつある。」


魔性の霧に蝕まれ既にずたずたにされたこのヨーロッパ東部では無線、あるいは人工衛星を使った電子通信網は半ばしか機能していなかった。

簡単な話で霧があるところでは無線が機能せず、ないところでないと連絡がとれない。

そんな時に突如霧をものともしない空飛ぶ騎士が現れたのだ。

この少年による機体の慣らしと実際にどこまで出来るかの確認を兼ねて…慣熟飛行を兼ねた撤退の伝令。

方々の戦域を回り状況を確認後に生き残った抵抗軍の兵士らに撤退を伝え、促し引き上げることを繰り返し今まで北から南を縦断してきた。


「戦線の後退は一定まで進捗している。これからは別の役割に作戦内容は変わっていく。」


最初は半信半疑ですらない疑の塊の司令部にアメリカ製の実験航空兵器だと騙して活動を続けていたが

現在ではある程度その信憑性が出てきたのかこうして機動データ収集と共に伝令の仕事をさせていただわけではあるが

司令部の意志の通り抵抗軍の勢力を引き下げの目処が立った……となればこの人型兵器に新たな役割を果たしてもらわなければならなくなる。

抵抗軍の集結地帯にユーラシア経済同盟軍の勢力を入れてはならない、つまり今より戦闘濃度の高い干渉が必要になる。

残念ながら欧州自由同盟軍が撤退するからといって遅滞戦術を取れるほど統制が取れているわけではない状況だ。

一部国家支援により行われた拡大攻勢は失敗し現在は速やかに……ほぼ逃げ出す形で引き揚げなければならないのだ。

であれば撤退支援の詰めとして彼らの支援など期待せず、ほぼほぼの孤軍奮闘を少年に課すこととなる。


「余計なことは考えなくていい。打ち倒せすればいい。」


今までの戦いと似た状況とはいえたった一つ違うことを察したオズは黙ってしまったがガレアードはいう。

殺す殺さないではなく敵の兵器を打倒すことだけを考えろと。

これは作戦だから、これは治安維持だからと社会的正義が心理的な後ろ盾となる職業軍人や警察官でさえ人を殺すことは大きなストレスとなる。

ましてや民間人である少年にそんなものを背負えるわけはない。

だから今までと同じく”剣で打ち据えるだけでいい”と念を押すように伝えるしかない。

次以降の戦闘濃度は相手を戦闘不能にしなければらないほど苛烈になっていくだろう。その結果どうなったとしてもある程度の意識だけで心持としては大きく違うだろうと。


「休め。しばらくは移動だ。」


簡易机に敷かれた地図に重ねられた霧図の上に流れるマーカーのラインは中部を目指す。

中西部の集結地点に向けて敵は無尽蔵に湧いてくるようなユーラシア軍のAM機動部隊だ。

こちらから積極的に仕掛けていくとなれば過酷な時間が続くのだから今は休めと。


セイバー・シルフの元に戻ったオズは機体胸部にある係留フック用ループに通し吊るされたハンモックに体を預け沈める。

シルフと出会い、乗って、そのまま流れで戦うことになり…今までは後退支援だったものの……

いや今までと変わらないというニュアンスだったが”味方を逃がす時間や機会のために戦う”のと”相手を行動不能にするために戦う”のとは大きく違うことぐらいわかる。

そんな段階に今踏み出そうとしている。


これはいいことなのか?わるいことなのかすらわからないまま戦えるから戦っている…

その是非を求めて一度目を開きシルフを見上げるがシルフは何も言わずに自分を見下ろし見つめたままだった。

その態度ともいえぬ佇まいに答えは得られないと再び目を閉じて疲労感に身を任せて眠りについた。






「と、まぁ連中は考えているだろうね。」


「そうなりますか。」


「なるよ。」


一方でユーラシア経済同盟軍の一部隊の車列が架橋戦車によりかけられた鉄の渡橋を渡り進軍していく。その先頭を進むのは新型となる漆黒のAM……M90が搭載された移動用トレーラー。マリヤ・パヴロヴァ少佐は助手席で副官と部下らに無線越しに語りかけていた。これまでのモノノケの動きはタメシギリのツジギリでありそろそろ本格的にやる気を出してくるころだと。善戦から聞こえてくる声も拠点への進行ではなく撤退を進めているのではないかならば追撃するのかという疑念と一方で突如現れるモノノケに対する恐怖で足が鈍っていた。


「ただお仲間を逃がすだけなら伝令だけでいいからね。あんなツジギリが出てくる必要はないよ。」


「では我々はそのツジギリに会いに行くのですか。霧の中に。」


「そうだよ。そのためのこいつさ。何もアンタらだけにやらせるわけじゃない。私が直接でるよ。」


バンバンとトレーラーの座席の背中側……深緑色の壁を叩く。そこに搭載された漆黒の機甲機動兵器<アーマー・マニューバ>маневрировать90、M90はそのためのものだと。またお前たちのM80も調整がしてある。急造であったり旧型ではあるが武装も追加してあると笑って答える。何がおかしいのかと気でも触れたのかと指揮官への恐怖で声が漏れる部下を笑いながらマリヤは答える。これは敗走兵を狩るんじゃない、モノノケ狩りなんだと。だからバカみたいなものが必要になる。相手は兵器じゃなく悪魔か魔物なのだと。


「そういう心構えでやれってことだよ。人間相手にしてるとは思わないことだね。」


「我々は悪魔退治をするんですか。専門家ではありません。」


「私は専門家だよ。モノノケ相手の捨て打ち実験動物(スプートニク)になりたくなかったらきちんという事をお聞き。」


大体破壊の後があるなら物理的干渉を行っているのだから物質でしかない。見えない相手ではなく捉えにくい相手なだけである。それであるのに撃破損耗率の数字と奇怪さだけでこうも怯えるとは、西側もなかなか面白いものを発明したものだ。だがそれも我々がカチ合えば終わる。正体見たりの時が近づいているのだ。

次の出没予想地点は中西部。あの高い機動力と速度なら逃げ場のない北部や南部には向かわない。今までの支援可能範囲も想定するならばやつはこの拡大された戦場の西部戦線のど真ん中に表れるはずだ。

そうでなくとも機動部隊の進軍と大して変わらないし出没したらしたで追いつけるかもしれない範囲になる。中々に分のある賭けじゃないか、リアルホラームービーを取るより確実だ。


「会えるのが楽しみだよ、ツジギリ・モノノケ」


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