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4 女神に愛された一族

ロジェが目覚めると、外は朝からしとしとと雨が降っていた。

またあの夢を見た、とロジェは寝ぼけた頭で夢の内容をなぞる。

昨日は霧が晴れてしまうかのようにあっという間に忘れ去った夢だったが、今日はどんな夢であったのか、何となくぼんやりではあるが思い出し続けられていた。

「セヴリーヌ様……すっごく、可愛かったな……」

セヴリーヌ様の話を聞いて、自分の想像力が夢を見させたのかもしれない、とロジェは思う。

夢の中で自分はケイドシウスであり、セヴリーヌに恋する一人の王子だった。

しかし何故、石像のセヴリーヌよりもずっと若い、いや幼いセヴリーヌを想像出来るのかわからない。

ロジェが不思議に思っていると、隣からアンの声が掛かった。


「今日は雨だね、ロジェ。木の実係と洗濯係は、屋根裏部屋か倉庫の掃除になるって他の子が言ってたよ」

「そうなんだ……」

いつもは起きると直ぐにテキパキ動くロジェはずっと森の方を見たままぼうっとしており、アンは首を傾げた。

「ロジェ?どうしたの?」

「ううん、教えてくれてありがとう」

アンが声を掛けると、ロジェはハッとしたようにいつもの優しい笑顔を向けて、寝具を整え始めた。


ロジェはその日、幸いにもジョン達と仕事の内容が被ることなく、担当の仕事を終えた。

お昼ご飯を食べ、自分のベッドの上で静かに本を読みながらも、ちらちらと外を見る。

何度見ても、外の雨は小降りながらも止むことはなかった。

セヴリーヌ様は今、どうしているのだろう?とロジェは思いを馳せながら森を見る。


屋根などないあんな廃墟で雨ざらしとなり、寒くはないのだろうか?

傘を持って行っても差すことはできないが、帽子や合羽なら可能ではないだろうか?

そう思い立つと、ロジェは居ても立っても居られない気持ちになる。


孤児院では子供の分しか支給されないので、自分は傘を差し、空いた方の手でランタンと自分用の合羽を持って、ロジェは外へ出た。

孤児院では基本的に院内を汚さなければ雨の日の外遊びを禁止してはおらず、自分の仕事を終えていれば門限までに帰宅すれば良い事になっている。

逸る気持ちを抑えながら、ロジェは早足でセヴリーヌの元へと向かう。


セヴリーヌのいる廃墟に近付くと、綺麗な歌声が聞こえて来た。

その歌はロジェが知らない歌だったが、何故か無性に懐かしさが込み上げてくる。

そして、独りきりでロジェにしか聞こえない歌声を気持ち良さそうに披露するセヴリーヌが歌い終わるのを待って、崩れた壁からそっと姿を現した。


『まぁロジェ!いつからそこにいたの?』

ロジェの姿を見たセヴリーヌは、恥ずかしそうな声で問い掛ける。

「つい先ほどです」

『雨なのに、来てくれたのね。寒くはない?』

「大丈夫です」

最後の方は走って来たので、むしろ暑いくらいだ。

『今日はどうしたの?何か忘れ物をしたのかしら?』

「……その、これを」


ロジェは合羽をセヴリーヌに見せる。

『それは……何かしら?』

合羽を見せられたセヴリーヌは、きょとんとしたようにロジェに尋ねた。

どうやら、セヴリーヌが動いていた時代はまだ存在しないか違う形の物だったようだ。

「これは合羽と言って……雨を凌ぐものです。これならセヴリーヌ様でも、羽織れるので……」


尻すぼみになりながら、ロジェは言う。

セヴリーヌが、ロジェの行動に不快感を示すかもしれない、と思ったからだ。

着せ替え人形のようにセヴリーヌを扱った、と誤解されたらどうしよう、という恐怖に襲われる。

しかし、返って来たのは至って優しく、そして現実的な返事だった。

『貴方は本当に優しい子ね、ロジェ。気持ちはとても嬉しいわ、本当にありがとう。……でもね、貴方の身長では、私にその合羽を着せるのは危ないから、申し訳ないけれどお断りしてもいいかしら?』

「あ……」


ロジェはセヴリーヌを見上げる。

セヴリーヌは台座に乗っている上、大人の平均女性の身長はある。

よじ登らない限りは、いやよじ登ったとしても、雨の中セヴリーヌに合羽を羽織らせるのは危険で無理なように思えた。


「……その、セヴリーヌ様。僕がセヴリーヌ様を傷つけることは絶対にないので、驚かないで頂きたいのですが」

ロジェは何かを思いついたように、意を決してセヴリーヌにお願いをする。

『何かするつもりなの?貴方が怪我をしないのなら、私は問題ないわ』

「ありがとうございます」

ロジェは、セヴリーヌの台座の下にランタンを置く。そして濃く出来た影に触った。


『まぁ……!』

ざわり、とセヴリーヌの影から数本の鞭のようなロープのような、はたまた手のような真っ黒なものが何本も現れる。

それは器用にロジェの持っていた合羽を取り上げ、セヴリーヌにそっと羽織らせた。

ロジェの動かした「影」が、セヴリーヌに合羽を着せたのだ。


ロジェはそれを終えると、立ち上がってランタンを持ち直した。

昔、この力を他人に見せて、化け物扱いされたことを思い出す。

生まれた時から当たり前に使えるロジェにとっては便利な力ではあったが、どれだけ親切な人であっても、ロジェの能力を見た途端に良くて距離を取るか、悪いと排除しようとするかのどちらかだった。

そんな場所や人達から逃げて逃げて、やっと辿り着いたのが今の孤児院だ。

今の孤児院に、ロジェの能力を知る者は一人もいない。


セヴリーヌにこの力を見せる気になったのは、見せてもセヴリーヌが逃げられないことが大きい。それと、セヴリーヌであれば、自分の期待……もしかしたら、自分の能力を見ても化け物と言わない人がいるのではないかという期待に応えてくれるのではないかと思ってしまったからだ。

もう何度もその期待を裏切られているというのに。


『なんということでしょう……!ロジェ、貴方、影を操れるのかしら?』

「は、はい……」

少し興奮した様子のセヴリーヌ。声に忌避の感情は伴っていないように思えたが、まだ怖くてその顔を見ることが出来なかった。

常に微笑んだままの石像が、微笑んでいなかったらどうしよう、などと考えてしまう。


『素晴らしいわ。きっとロジェは、ラミア様と同じ国の出身に違いないですわね!あ、ラミア様というのは……』

「ケイドシウス殿下の母親、ですか?」

素晴らしいという感嘆の声に励まされたロジェは、やっと顔を上げてセヴリーヌの言葉を続けた。

『ええ、そうよ、ケイドシウス殿下のお母様で……あら?私、ラミア様のお話をロジェに致しましたっけ?』

「ええと、そうかなと思っただけです」

『そう。流石ロジェね、鋭いわ。それで、そのラミア様は……』

ウキウキと話し出したセヴリーヌだったが、ふと我に返ったように言葉を止める。

コホン、という咳払いが聞こえてきそうな間。

『いけない、ロジェ。雨の日はこの時間でも暗くなるから、もう帰りなさい。良ければ続きはまた明日、お話するわね』

「……はい!」

ロジェは、明日はセヴリーヌとゆっくり長く話せることと、そして影を操るという自分の能力を見た後もロジェを歓迎してくれるということに心底喜びを感じながら、その場を後にしようとする。


『あ、待ってロジェ』

「はい」

去り際、セヴリーヌに引き止められた。

『……私はこの姿になってから、眠ることも痛いことも寒いこともないのだけれど』

「はい」

『でも、貴方にこの合羽というものを羽織らせて貰ってから、とっても温かくなった気がするの。雨の中、本当にありがとう』

「……はい、セヴリーヌ様。喜んで頂けたなら、よかったです」


ロジェは、また名残惜しそうに振り返りながら、廃墟から遠ざかって行った。

石像になって、ウン百年。

セヴリーヌを眺めてはその石像の出来に満足し褒め称える者達は大勢いたが、セヴリーヌを人と同じように扱ってくれる人はいなかった。

『本当に、ありがとう……ロジェ』

セヴリーヌが一人で呟いた心の声は、寒さを感じないはずであるのに、どこか震えていたのだった。



***



『ケイドシウス、駄目よ。人前でその力を使っては、絶対に駄目』

ケイドシウスが飛んで行った母親の帽子を影の力で捕まえると、母親のラミアは慌てた様に駆け寄り愛しい息子を抱き締めながら、何かを恐れるようにキョロキョロと辺りを見回した。

『なぜですか?母上』

幼いケイドシウスには、手で物を掴むのと同じように、両足で立つのと同じように、影を操れる。しかし、その力が誰にとっても扱える訳ではないということをまだ理解していない。

首を傾げて、純粋な疑問を母親に投げ掛ける。


『貴方がその力を使うところを誰かに見られでもしたら、私達は……一緒に住めなくなってしまうの』

殺される、とは幼い息子に対して使うことが憚られ、ラミアはそう言った。


別宮に人が極端に少ないことは、ラミアの希望である。

他人の目から見ればラミアが国王から大事にされておらず、不遇にしか見えないことはラミアがケイドシウスを育てていく上で都合が良かった。

行事に出ることもないのだから、珍しい色彩で目立つこともない。

大事な宝物を極力人目から遠ざけておきたいという国王の独占欲は満たされ、正妃の嫉妬心や関心も向かない。


『一緒に住めなくなる……!?』

『ええ、そう。だから、その力を使ってはいけないの。私の一族は当たり前に使える力だけれども、この国では黒魔術や悪魔の力であるとして奇異の目で見られてしまうから』

『そうなのですね……わかりました、もう使いません!』

ケイドシウスの良い返事に、ラミアは目を細める。


『でも何故、僕達だけこの力が使えるのですか?』

母親に帽子を差し出したケイドシウスは、フと顔を上げるとラミアに尋ねる。

『昨日、セヴリーヌさんがいらっしゃった時に、私の祖国の話をしたでしょう?』

『はい。僕、母上の国の王族は女神の血を引いているなんて知りませんでした……』

他国の話を聞くセヴリーヌは終始楽しそうに、ラミアへ沢山の質問を投げ掛けていた。

自分で文献を見て、数少ないラミアの祖国の情報を仕入れていたらしい。


『ふふ、貴方にはまだ早いと思って話していなかったのだけど……そうなのよ、私の国……いいえ、実際は国と呼べるほど大きくはないわね。むしろ、一族と言った方がいいかもしれないわ』

ラミアはケイドシウスから帽子を受け取り、今度こそ風で飛ばないように顎の下でしっかりリボンを結んでから、ケイドシウスを膝の上に乗せて話し出す。


ラミアの祖国の王族は、女神の血を引いていると言われている。一族の中でも、生まれた時から白髪と赤い瞳をした者は、自由に影を操ることが出来た。

『女神様の恩恵で、私達はこの世界に生まれ落ちた瞬間から、魂の片割れを探す旅に出ているのよ』

『魂の片割れ……?』

『ケイドシウスには少し難しいかしらね。すごーく、すごーく、たった一人の好きな人を探す為に、そして結ばれる為に、この世界に生まれてくるのよ』

ラミアはケイドシウスの頭を撫でる。


『では、母上の相手は父上ですか?』

ケイドシウスの他意のない真っ直ぐな質問に、ラミアは苦笑した。

『……いいえ。私は貴方のお父様のことは大切に思っているけれども、私の相手は恐らく彼ではないわ。ああでも、誤解しないで頂戴ね?貴方のことを愛していることだけは変わらないから』

ケイドシウスは少し寂しい気持ちになったが、ラミアの話に頷いた。


『では、母上はここから出て、好きな人を探しに行くのですか?』

『いいえ。今世では出会えなかっただけ』

『こんせい……?』

首を傾げるケイドシウスは、意味がわからず首を捻る。


『ええ。私達の魂は百年に一回、魂の片割れと出会い、結ばれるまで何回でもこの世界に降り立つの』

『百年に一回……』

『そうよ。私達の魂の旅は、魂の片割れと結ばれることで完全に終わりを迎えるのだけれど、一度目の旅で見つける人もいれば、二回、三回と旅を続ける人もいるわ』

『宝探しみたいだね!』

ケイドシウスは瞳をキラキラとさせてラミアを見上げた。

『そうね、宝探しよ』

ラミアは微笑む。


『でも、もし百年以上生きることが出来たら、どうするんだろう?』

ケイドシウスの疑問に、ラミアはくすくすと笑った。

『私達の平均寿命は六十歳でしょう?百年も生きられる訳がないと思うのだけれど』

それはもう人ではなく仙人だと、ラミアは思う。

『しかし、千年も経てば、百歳まで生きる人もいるかもしれませんよ?』

『千年後……』

ラミアは驚きに目を瞬いた。


そんな先のこと、考えたこともなかった。しかし、魂の片割れが見つからなければ、千年後も生まれ変わっているかもしれないのだ。

『そうね、もしかしたら百歳まで生きられる時代が来るかもしれないわね。その時は、女神様がどうするか決めてくれるのかもしれないわ』

百五十年後に伸ばすのか。二百年後か。女神様が悩むところを想像して、そうだったら面白いとラミアはくすくすと笑う。


『僕は父上も母上もセヴリーヌも好きです。でも、好きな相手がどうやったら、かたわれか、わかるのですか?』

ケイドシウスの質問に、ラミアはうーん、と困った顔を浮かべた。

『ごめんなさいね、私も出会っていないからわからないのだけれど……人生をかけて、その人だけが欲しくなるらしいの。他の人じゃなくて、その人だけを』

『そうなのですね。頑張って宝探し、します』

ケイドシウスはこくこくと頷きながら直感で、自分の相手はセヴリーヌに違いないと考えていた。


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