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300年石化していた悪役令嬢の幸福論【短編&連載版(完結済)】  作者: 関谷 れい
連載版

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23/28

18 追い抜いた身長と追いついた歳

さして珍しくもない黒色の髪に青い瞳。

そんなエリオットがほかの生徒とどこか違うことに、ロジェはアカデミーに入学して早々に気づいた。

突出した成績以外はどちらかといえば控え目で大人しく、目立つことのないエリオットだが、ロジェがはじめに抱えた違和感は、ほかの生徒たちを見る視線だった。

それは、仲間や同級生を見る視線ではなく、どちらかと言えば教授のそれに近いものだと感じたのだ。


そんなエリオットは数カ月の観察期間を経て、ロジェに接触してきた。

エリオットがロジェに対して一番興味を示したのは、女の子からの手紙を受け取らなかったからでも、同級生を木刀で圧倒したからでもない。

日常的な会話の中でさらりと話題に取り上げて知りたがったのは、セヴリーヌのことだった。


どんな石像なのか。

どういう経緯で見つけたのか。

なぜ一緒に連れて来たのか。

どんな材質でできているのか。


ロジェが石像を背負って旅行に行くことは有名なので、エリオットはクラスメイトをうまく誘導してロジェからセヴリーヌの情報を集めた。

ロジェは警戒心を最大レベルに引き上げながらも、エリオットと対話を続けた。

互いに腹の探り合いをしながら、手持ちのカードを少しずつ明かしたのだ。


「エリオットって、髪を黒く染めてないか?」

ロジェがそう尋ねたことが、エリオットとの仲が深まるきっかけだったかもしれない。


エリオットは少し目を見開いて驚きながら、ロジェに返事をする。

「なんでわかった?」

「僕も昔、黒く染めていたことがあるから、同じかなと思って」

エリオットの黒い髪は、ロジェが髪を染めた時とそっくりの色合いだった。

光をも吸収するような、艶の少ない黒である。

とはいえ、毛染めは高級品で孤児が手に入れられるような物ではない。

昔といっても、三百年前の話だ。


「そうなんだ」

「もしかして、本来は真紅だったりするか?」

今度こそ、エリオットははっきりと驚いた顔をした。


「確かにそうだけど、なんで……」

「なんとなく。エリオットの空気が、昔の友人と被ったんだよね。その人が真紅だっただけ」

「そう。……一応、僕がアカデミーに在学中は公表することはないから、忘れておいてくれると助かるんだけど」

「わかった」


素直に応じたロジェにホッとしつつ、エリオットはリーヌアカデミーの創設一家の後継者であり、正体を明かさずにアカデミーに在籍していることを告白した。

ごく一部の教授しかその事実を知らないという。


昔からハルガリン公爵家に生まれる男児は、真紅の髪を特徴としている。

だから、エリオットが真紅だと知った時に、ロジェは彼がハルガリン家と縁のある人物だと直ぐに気付いた。

しかしエリオットは人一倍探求心が強いので、後継者より研究者になりたいのではないかとロジェは不思議に思う。


ロジェが率直に尋ねると、エリオットは笑って答えてくれた。

「僕は、ハルガリン家の当主しか見ることのできない書物をこの目で見たいんだ」

代々ハルガリン家の当主には、リーヌアカデミーの創業者ゼヴァンの書き記した日記をはじめ、彼が発明した数々の作品のレポートを手にする権利が与えられるらしい。


「ご先祖様のゼヴァンはハルガリン家の傍系まで、十歳を越えた子どもに家門の使命を言い渡している。研究塔と同じ材質でできた女性の石像は必ず保護すること。そして、志を同じくした魔色を纏った人間を確認したら、協力することだ。でも、その理由は当主しか知らない。僕たちの家系の若い世代は皆、この謎に満ちた使命とお宝探しに夢中なんだよ」


ケイドシウスはハルガリン公爵が亡くなる際、セヴリーヌを見つけられず後悔と焦燥に苛まれた彼に、自分はセヴリーヌと再会するまで何回も生まれ変わる、という話をした。

しかし公爵は、公爵の気分を楽にするだけの話をケイドシウスがしたと思って、ありがとう、と力ない笑顔を浮かべただけだった。

例えそうであっても、自分の過ちは消えないと言って。ゼドゥルも似たような反応だったが、ケイドシウスが解石材を各所にひっそりと保管することには協力してくれた。


しかし、ゼヴァンだけは違った。

ケイドシウスの話を全面的に信じ、セヴリーヌを必ず見つけ出して、石化を解くことを約束させた。

その代わりに、彼はケイドシウスが生まれ変わった時、ケイドシウスの力となるよう、また道標となるよう、ロドヴェーヌ王国で初めてのアカデミーを設立し、そこにも解石材を保管することにしたのだ。


「魔色を纏っている人間を、僕は初めて見た。それも、このリーヌアカデミーに入学してきたんだ。だから、僕は君に協力するという使命を果たすだけだよ」

だから、君には僕が無事に当主となれるよう、協力して欲しい。

エリオットの無言の圧力に、ロジェは頷いた。


こうして互いの利害が一致した二人は、固く手を握り合った。



***


「セヴリーヌ様、研究塔に僕の部屋が与えられたので、もう一度引っ越しです」

『あら、凄いわね。アカデミーの最短記録ではなくて?流石私のロジェだわ』

そしてロジェが十八歳になった時、優秀な研究者に与えられる研究塔の個室が与えられた。


研究塔にはアカデミーの主力な人員が揃っているため、その造りはとても豪奢だ。

以前は一部屋しかなく風呂やトイレは共同だったのに、今は普通の一軒家と全く変わりない。

玄関からはじまり、廊下の左側にトイレや洗面、風呂の扉が並んで正面がリビングとキッチンと書斎がまとまった部屋、廊下の右側には寝室が設けられている。

ロジェは独身用の部屋を与えられたが研究棟には家族用の部屋もあり、家族用は更に居室が三つほど増えるらしい。


研究塔の個室については床以外自由に変更していいことになっており、壁紙や家具も当然それに含まれている。

孤児のロジェの場合はアカデミーで備品として利用されていた物なら持ち込んでもいいことになっていたが、それらを使うことなく自分で稼いだお金を使って内装に手を加えていた。



ハルガリン公爵家ほどではないものの、立派な個室の玄関口に、セヴリーヌは一度よいしょ、と降ろされる。

「セヴリーヌ様、いかがでしょうか。これからはここが、僕達の新居です」

『まあまあね。明るくていい感じだわ』

「セヴリーヌ様のお好きな色調で揃えましたので」

『ありがとう』

ロジェに好きな色調なんて話したことはあったかしら、と思いながら、セヴリーヌは正面の部屋から覗く温かみのあるナチュラルな家具やシンプルな壁紙に満足し、心の中でにっこり満面の笑みを浮かべた。


ハルガリン公爵家にいた時は、母親が好きだったからという理由でセヴリーヌの部屋も花柄で溢れかえっていたのだ。

大きな花柄でなく小さな花柄だったことはまだ幸いだったが、どこを見ても花柄という部屋にはいささかどころではなく、辟易していた。

ただそれを、普段から忙しそうにしている父親には言わなかっただけで。



どちらにせよ、六年前の廃墟とは比べ物にならない好待遇である。

『もしかして、私の定位置はあそこかしら?』

セヴリーヌは、玄関の中心に熱のこもった視線を送った。

そこには立派な台座があり、いかにもここに何かを置いてくれ!とその台座が叫んでいるように感じる。


『あの台座の上がいいわよね、玄関から入って来た全てのものを私がチェックできるし、何よりも侵入者が訪れた時にロジェに注意を促せるわ』

セヴリーヌの声はロジェにしか聞こえないが、驚く程遠くの方まで意思疎通が出来るとアカデミーで知った。

当然、この研究塔の中であれば十分カバー出来る。

石像でも役に立つことはあるのだとやる気満々のセヴリーヌに、ロジェが優しく言う。


「まさか。あそこには花瓶でも置いておきます。セヴリーヌ様は、こちらのリビングですよ。何十にも保護をかけておきますので、安心して過ごして下さいね」

『ええ……?』

「セヴリーヌ様は僕の宝物ですから」

にこにことしながらセヴリーヌを運ぶロジェはいまだに、育ての母のつもりのセヴリーヌにべったりだ。

十六歳になってから、会話が減ったり部屋に戻って来る時間が遅くて心配掛けさせたりといった反抗期もほんの少しはあったが、それもすっかりなくなった。



セヴリーヌはリビングに連れて行かれ、場所を確認しながら降ろされる。

『まあ、この高さだと外の景色がよく見えるわ。とても素敵ね』

旧ロドヴェーヌ王国の街並みを一望できる窓の景色にセヴリーヌは感動する。


三百年前はこんなに高い建物を建てる技術はなく三階建ての建物が精一杯だったのだが、デリスタモア帝国の大通りは三階建てが当たり前であり、この塔に至っては十三階建てで、ロジェの部屋は八階にある。


しかも上の階へ行くのに、人が乗って操作するだけで上り下りする不思議な箱が開発されていて、階段は非常用として設置はされているものの、階段ではなくその箱で楽々移動できるのだ。

また研究塔内は全てとても頑丈な石で建てられており、セヴリーヌをどこで降ろそうがなんの問題もなかった。


「外の景色がよく見えるように、もう少し前に出しましょうか?」

『ええと、あまり近いと少し怖いから、この辺でいいわ』

「はい」

セヴリーヌの場所が決まると、ロジェは少ない私物の荷解きにかかった。

『ねえロジェ、さきほどの台座も、ここに持ってこない?』

ロジェの身長はセヴリーヌをすっかり追い越してしまっていたが、台座があればロジェに見下ろされることはない。

抱き締められる感覚も、抱き着かれる感覚に戻るだろう。

そう思ってセヴリーヌは提案するものの、ロジェの反応は素っ気なかった。


「すみません、台座は設置しません。台座があると、セヴリーヌ様のお顔を近くで拝見出来ないので」

『ロジェに見下ろされる日が来るなんて』

見下ろされるようになってから二年近くも経つのに、セヴリーヌは慣れることがなかった。

セヴリーヌの足元にちょこんと座り、嬉しそうに頬を緩ませながら見上げてくる小さいロジェのつむじを今更ながら懐かしく、そして愛しく思う。


「ふふ、そうですね」

笑って言いながらも、ロジェはセヴリーヌに背中を向けてマイペースに書斎スペースの本棚に本を並べた。

やはり、台座を用意するつもりはないらしい。


『ああ、昔は小さくてなんでも言うことを素直に聞いてくれて、可愛かったのに』

「僕ももう、セヴリーヌ様と同い年ですから」

ロジェの言葉に、セヴリーヌは微笑む。

『……何を言っているの?私はこの国の誰よりも長寿です』

セヴリーヌがそう心の中で胸を張りながら言うと、振り返ってセヴリーヌを見たロジェも小さく笑う。


「セヴリーヌ様が石化したのは、十八の時でしょう?」

『まあ、そうだけれども』

「待っていて下さいね、あと少しですから」

そう言いながら、ロジェはセヴリーヌのほうへつかつかと歩み寄った。

『ええ。……ええ?』

ロジェの顔が近付き、セヴリーヌの頬と唇に口付ける。

初めてされた行為に、セヴリーヌは心の中でも、石になった。


『ロジェ』

「はい」

『貴方が私のことをとっても気に入ってくれているのは知っているけれども、流石に石像にキスをするのはどうかと思うの』

もしや、キスをするためにセヴリーヌを台座から降ろしたのではないかという疑惑が湧き、呆れかえる。


「親愛の情ですよ」

『そうね。いい子に育ってくれて嬉しいけれど、そういうことは恋人にでもしなさい』

「……はい、セヴリーヌ様」

その後のロジェは黙々と作業を続け、セヴリーヌは眼下に広がる景色に浸った。


セヴリーヌの育て方が良かったのだろう、ロジェはセヴリーヌの最高傑作と言ってよいほどの男前に育っていた。

元来の優しさもあり女性に対して紳士的に振る舞えるし、身嗜みも整えられる。

しかし、そんなイケメンにも短所はあるもので、怒ると手が付けられない()()()ことと、女性に興味を示さないことだった。


一度、ロジェの部屋に捜査が入った時にはセヴリーヌは心底驚いた。

なんでもアカデミーで二人ほど重篤な状態になった者がいるらしく、その犯人としてロジェが疑われたのだ。

普段温厚で声を荒げることすらないロジェが、そんなことをするわけがない。

セヴリーヌはそう思っていたけれども、部屋に戻ったロジェのもとにエリオットがやってきて、玄関口で「証拠がないこと自体、お前がやったという証拠」だとか「気持ちはわかるがやり過ぎだ」と注意している言葉が聞こえてきて、不安が募った。


『ロジェ、怒らないから本当のことを話して。本当にあなたがやったの?』

セヴリーヌが聞くと、ロジェは少し硬い表情をしたまま頷いた。

『どうして?』

「……奴らが、セヴリーヌ様を壊すって言ってきて」

このアカデミーで、ロジェが自分の命よりセヴリーヌを大事にしていることは、誰でも知っている。

セヴリーヌにどう思われたかとロジェは恐怖し、ぎゅうと瞳を閉じ、拳を握った。


『そう。ロジェをそんなに怒らせるなんて、自業自得だわ』

セヴリーヌは心からそう思った。

他人の心の中が読めるのだからある程度は人間不信になっても仕方ないが、ロジェは対話ができない愚か者ではないのだ。


俯いていたロジェは、セヴリーヌの言葉に顔を上げる。

『でも、ロジェも知っている通り、私を壊せるものなんてあまりないのよ。だから、私の為に犯罪者にはならないで欲しいわ』

セヴリーヌはそう優しく諭したが、ロジェは唇を噛み、返事はしなかった。

『私はあなたの幸せを祈っているだけよ』

育ての親として想像以上にロジェに情が移ってしまったことをセヴリーヌは自覚する。


『おやすみなさい、私の可愛いロジェ』

「おやすみなさい、僕の愛しいセヴリーヌ様」

十八歳になったロジェはセヴリーヌにおやすみなさいのハグをしながら、その冷たい頬に口付けた。

やめろと言ってもやめてくれないのでもう諦めているが、実際にロジェからのスキンシップがなくなり子どもの巣立ちを感じた時は一抹の寂しさを感じるのだろうか、とセヴリーヌはぼんやり考える。


リーヌアカデミーに入学した頃は、ロジェが眠る時、ケイドシウスに歌っていた子守唄を歌ってとせがまれる時もあった。

小さな一室でセヴリーヌの見守る中眠りについたロジェも、今はひとり寝室へと移動して眠りにつく。

中々寝付けず夜更かしをすることもあるようだが、セヴリーヌに子守唄をお願いすることはもうない。


引っ越ししたロジェは、恐らく本人が思っているよりも疲労が溜まっているだろう。

セヴリーヌはロジェが四年ぶりに別の部屋で寝たその日、小さな声で子守唄を歌った。


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