15 新しい生活
リーヌアカデミーに入学したら、ロジェにはたくさん友達を作って楽しい思い出を増やして欲しいとセヴリーヌは願っていたが、そう上手くはいかないようだ。
ぼんやりそう思いながら、わざわざ回廊の外に設置してあるベンチに座って、ひとり黙々とお弁当を食べるロジェをセヴリーヌは眺めていた。
『毎日しっかり栄養が摂れそうでよかったわ』
細く痩せていた、出逢った頃のロジェを思い出しながらセヴリーヌは呟く。
てっきり六歳くらいだと思っていたのに、八歳だと初めて知った時は驚いたものだ。
あれから四年、孤児院でもお肉を食べる機会が増えたとのことで、ロジェは年相応に見えるし、身長もセヴリーヌと同じくらいに伸びていた。
ロジェ曰く、孤児であるロジェの食事は、朝と夜は寄宿舎で準備され、昼は学食で食べるかお弁当を貰うかの選択ができるらしい。
ロジェは毎日お弁当を選択し、よっぽどの事情がない限り必ずセヴリーヌが見えるベンチでお昼を摂る。
最初は雨の日も傘を差しながら食べようとしたので、セヴリーヌが全力で止めた。
ロジェが風邪をひいても、セヴリーヌは見ているしかできない。
それは辛くもどかしいので体調管理だけはしっかりお願いしたいと伝えたら、ロジェは「そうですよね、気付かなくてすみません」と承知してくれたのだ。
今日も晴天のため、ロジェはセヴリーヌに手を振ってから、お弁当に口をつけている。
セヴリーヌが部屋の中からロジェを見かける時は、大抵基本的にひとりで行動している。
ロジェはアカデミー内で、どうやら浮いた存在であるようだ。
あんなに親しみやすい子なのになぜだろうか、とセヴリーヌが疑問に思っていると、早々にその謎は解けた。
「おい、ロジェ。こんなところで一人寂しくご飯か?」
ひとりでお弁当を食べていたロジェを、同じ学年の子たちと思われる三人の生徒がセヴリーヌの見ている目の前で取り囲んだ。
「なあお前さ、平民の癖に特待生なんだって? 教授たちに気に入られているからって、随分と態度がでかいらしいじゃないか」
ロジェはちらりとセヴリーヌに視線を送ると、「話があるなら、ここじゃなくて場所を移してくれないかな」とやんわり言いながら席を立とうとする。
『私のロジェが何か言い掛かりをつけられているみたいだわ……!』
ロジェの傍に行きたくても、駆け付けることは叶わない。
正直、影と怪力の力があるロジェの心配はしていないが、アカデミー内で問題を起こせば、下手をすると退学になってしまうかもしれない。
それだけは、アカデミーに通いたがっていたロジェのためにも、止めてあげたかった。
「なんだよ、逃げるのか。どうせ教授たちを味方にでもつけようっていうんだろ」
三人の生徒のひとりが、肩をドンと押すようにしてベンチから立ち上がろうとしたロジェを再び座らせる。
セヴリーヌ様に心配させたくなかっただけだけど、と思いながらロジェは口を開く。
相手にしても相手にしなくても、この手の輩は面倒だ。
「こんな無駄な話で教授たちの貴重な時間を使えるわけがないし、僕が平民かどうかはわからないよ」
ロジェを「平民」と呼ぶのだから、相手は「元貴族」なのだろう。
デリスタモア帝国の属国になったロドヴェーヌ王国は帝国から認められていた自治国としての君主制は五十年ほど前から既になく、共和制のもと独自の政策が打ち出されていた。
貴族の呼称はまだ辛うじて残っているもののとっくに形骸化し、今では貴族と平民による差はほぼなく、単純に金の有り無し……富裕層から貧困層まで分かれている。
こんな時代にまだ貴族という選民意識が残っているのかと思いながらロジェが返事をすると、その生徒たちはまさか同じ元貴族だったのかと勘違いをして顔を見合わせあった。
「孤児だから」
にっこり笑って言う堂々とした振る舞いのロジェに、ポカンとした表情を晒す三人。
そんな様子をハラハラしながら見守っていたほかの生徒達は、つい笑ってしまった。
「お、お前……っ!」
カッと顔を赤くした生徒たちはロジェに詰め寄ろうとしたが、そこに一人の眼鏡をかけた男子生徒が割って入る。
「ロジェは凄いな。孤児なのに、このアカデミーに入学したという話は本当だったのか。学費や生活費が全額免除の学生はアカデミー創設以来だと聞いたよ」
「ええと、君は」
「挨拶するのは初めてかな、僕はエリオット。君と同じく歴史研究を専攻しているんだ、よろしくね」
「ああ、新入生代表だったよね。ありがとう、よろしく」
ロジェは差し出されたエリオットの手を握って和やかに握手を交わす。
急に現れた存在に三人は少しだけ気おくれしたが、直ぐにハッとしたようにエリオットの身体を押しのけた。
「はは、勉強しかできない二人で、つるむのがお似合いだな」
「ロジェ、お前、剣は持ったことがあるか?」
ロジェが孤児だと知った三人は、ニヤニヤと笑いながら勢いづいて畳み掛けるように話し出す。
「ここのアカデミーの生徒なら、文武両道じゃないとな」
「どうだ、直々に俺が教えてやろうか? 俺は剣術で同級生に負けたことがないんだ。そんな俺に教われるなんて、光栄だろう?」
そんな三人に、エリオットが言い返す。
「もうこの土地で二百年は戦争なんて起きていないんだから、そんなもの僕たちには必要ない。ロジェ、気にすることはないよ、もう行こう」
「お前には話してないさ、エリオット」
「俺たちが話してんのは、ロジェ、お前だよ」
『あら、あの男の子はもしかして、ロジェを助けようとしてくれているのかしら……?』
どんな会話が繰り広げられているのかわからないセヴリーヌは、不安になりながらロジェたちを見守る。
絡んできたと思われる三人の生徒のひとりが、ロジェに剣を押し付けているように見えた。
『あの子たちは、何がしたいのかしら?もしかして、剣で勝負をしたいのかしら?ロジェもケイドシウス様みたいに剣が扱えたら素敵だけれど、ここは腕相撲で勝負をつけられないものかしら……』
ロジェはセヴリーヌの心の声にぴたりと動きを止めた。
「今は平和な時代だけど、確かに剣が扱えたら素敵だね」
「お、おう」
「わかった。今の時代の剣を教えて貰ってもいいかな」
「ロジェ、授業以外で剣を打ち合うのは禁止だ」
助け船を出すつもりで慌てたようにエリオットが注意し、「じゃあ木刀でやろうぜ」と持っていた木刀をロジェに差し出す。
最初からそのつもりで、木刀を所持していたのだろう。
「エリオット、危ないから下がってて」
ロジェは加減を気にしながら木刀を握り締め、柄の部分を握り潰さない程度の力に抑えて軽く振った。
三百年前に扱っていた真剣に比べて、軽すぎる。
材質も怪力という能力も違うので当たり前だが、それでも少し振れば、ケイドシウスの頃の感覚はなんとなく蘇って来た。
遥か昔、髪を黒く染めてセヴリーヌの一番上の兄のゼドゥルに稽古をつけて貰っていた。
帝国との小競り合いにも参加したし、セヴリーヌを見失った腹いせも兼ねて海賊の討伐では大暴れをした。
懐かしさを覚えながら、木刀を構える。
ガラリと、ロジェを取り巻く空気が変わった。
そして、剣で勝負を挑んできた、もとい剣の稽古をつけてやると言っていた生徒は確かにそれなりの実力があるらしく、そんなロジェの雰囲気の変化に気づいて戸惑いを見せる。
「どうした、いつでもかかって来ていいぞ」
「あ……」
「やっちまえ、お前の腕前見せてやれよ!」
なかなか打ち込もうとしない仲間に、激励するほかの二人。
ロジェは、焦れることなく相手を見つめて話し掛けた。
「ところで、どんなシーンを想像していつも稽古しているんだ?」
「え?」
「典型的な、模擬試験に慣れた型だなと思って。実戦じゃ、こんな草地のど真ん中で正々堂々と勝負なんてほぼないからな。情報戦で相手を翻弄したり、揺さぶりをかけてから自分の得意な戦闘方法に持ち込むのがセオリーだ。地形は?気候は?馬は?陸地か?風は?木は?どんな場所で戦うにしろ、戦争では剣術が上手い方が勝つんじゃない。相手を陥れたほうが勝つんだよ」
「う、うあああああ!!」
剣術が得意なその生徒は、夢中で剣を振り回す。
「ああ、なるほど。その流派か」
ロジェは前半、生徒の太刀筋を見極め、全てを避けた。
「おい、ロジェは逃げ回ることしかできてないぞ!」
「その調子だ、やっちまえ!」
野次を飛ばす二人の生徒に「うるせえ!」と言って息を切らしながら攻撃を仕掛けるが、ロジェは後半、一歩も動かず、相手の渾身の攻撃を片手で全て受け止める。
『まあ!ロジェったら剣まで扱えたのね!流石だわ、素晴らしいわ!』
途中、絶賛の声が聞こえ、ロジェは木刀を握っていないほうの手でセヴリーヌに手を振ってみせる余裕まであった。
セヴリーヌの喜ぶ声を聞くことができたので、ロジェの機嫌はすこぶるいい。
「おい、なんだ、凄い勝負してるぞ」
「随分と一方的じゃないか」
「バカ、よく見ろよ」
気づけば野次馬の生徒たちが、増えていく。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながらも鈍った動きで剣を繰り出す生徒と、涼しい顔をしてそれを難なく受け止めるロジェ、素人から見てもどちらが優勢なのかわかってしまうほどだ。
そして視界の隅に教授たちの姿を捉えたロジェは、そろそろ潮時だと強めに木刀を横に振る。
バキ!という音がして、双方の木刀が折れた。
「ああ、これでは続行できないね。久しぶりにいい運動をしたよ、ありがとう」
ロジェは折れた木刀を呆然とした様子の生徒たちに返却し、野次馬を抜けてもう一度セヴリーヌに軽く手を振ると、その場を後にする。
「え、もう終わり?最後まで見たかったー」
「ロジェって人、武術専攻してなかったよね?凄くなかった?」
そんな野次馬の声を聞きながら、面子を保てなかった旧貴族の生徒たちは慌ててその場から逃げ出した。
***
『ロジェ、とっても格好良かったわ!』
「セヴリーヌ様にそう言っていただけるなんて、嬉しいです。孤児院でもしょっちゅう木刀を振って遊んでいたかいがありましたね」
さらりと嘘を混ぜるロジェだが、セヴリーヌにこの時代の孤児院の普通はわからない。
なるほど三百年も経つと遊びのレベルも凄いのだなと思いながら、心の中で頷く。
『昔、お兄様たちが剣を振るのが羨ましくて、こっそり見ていたことを思い出したわ。一番上のゼドゥルお兄様は剣の才能に秀でていて、お父様の跡を継ぐために公爵家に戻ってくるまで、騎士団に所属していたのよ』
「そうですか」
セヴリーヌの言葉に、ロジェの瞼の裏には笑いながらケイドシウスをしごくゼドゥルの姿が思い出された。
彼の性格からして、本当は最後まで剣を握っていたかっただろう。
生涯独身を貫いたケイドシウスの想いを汲んで、海賊の討伐に向かうケイドシウスの代わりに属国となったロドヴェーヌ王国の統治者代行としてペンを握ってくれた。
最後までぶつぶつと文句を言われたが、出会った時から没するまで、裏表のない、気持ちのいい人間だった。
その事件以来、ロジェは特待生だからといって、変な言い掛かりをつけられることはなくなった。
伝統武術という科目を担当する教授から熱心に誘いをかけられるというロジェにとって嬉しくない変化はあったものの、それ以外はロジェがアカデミー生活を送るにあたって快適である。
エリオットという友人ができ、セヴリーヌの心配する声もなくなって一安心だ。
その日も、回廊を歩く生徒たちの観察が日課のセヴリーヌは、いつものベンチでロジェとエリオットがお弁当を食べる様子を見守っていた。
そこからセヴリーヌを嬉しそうに眺め、そして手を振る。
セヴリーヌのいるロジェの部屋にまでは、回廊の声は聞こえない。
しかし、こちらには聞こえなくとも、もしかしたらロジェには自分の声が聞こえるのではないかと思うことが何度かあった。
二人をチラチラと見ながら通り過ぎていく女生徒たちが多くいる中、二人組の女の子だけは立ち止まってもじもじと身体を揺らしている。
その姿はどう見ても、ロジェとエリオットに気づいて貰いたいオーラを醸し出していた。
『ロジェったら、あの女の子たちに気づいていないのかしら。話し掛けたそうにしているのに……』
セヴリーヌがそう心の中で呟くと、ロジェはふっと視線をあげてセヴリーヌを見る。
少し困ったように笑い、振り返って女生徒をその視界におさめた。




