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300年石化していた悪役令嬢の幸福論【短編&連載版(完結済)】  作者: 関谷 れい
連載版

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13 ロジェの生きる目的

ロジェは、これから自分のやるべきことをはっきりと理解していた。

解石剤を探し、セヴリーヌの石化を解くことだ。


そのためには、ゼヴァンが完成させた解石剤を手に入れるか、解石材の調薬法を手に入れて自分でそれを作る必要がある。

ただ問題は、解石剤やその調薬法の入手が三百年後のこの世界で、決して安易ではないことだ。


石化剤はセヴリーヌの服用後も研究が進められたが、初期の試験段階でゼヴァンの望まない形で悪用された。

患者のための薬としてではなく、石の硬度を求めて病気でもない身体の一部を石化させた戦士を生み出し、戦争に用いられたのだ。

そのため、ケイドシウスは早々に石化剤の市場への流出を取りやめさせ、その研究に関する資料に関しても機密情報として極秘扱いとした。

ようは、世に出回る前に処分された幻の薬となったのである。


ケイドシウスが生きている時代にセヴリーヌを解石できれば問題なかっただろうが、王であるケイドシウスが極秘扱いにすれば、今の時代を生きるロジェにとって、そんな薬の入手は困難を極める。

ただし、晩年のケイドシウスは自分が没したあとの百年後のことを考え、魂の片割れを求めて再び旅をはじめる自分のために、いくつかの場所にわけて解石材そのものや解石材の調薬法を隠しておいたのだ。


夢として見ていないはずなのに、セヴリーヌのために必要な情報だからか、ロジェにはまるで昔タイムカプセルを埋めた場所であるかのように、どこにあるのか薄ぼんやりとだが認識できた。



「院長、相談があります」

「あら、ロジェ。何かしら、ひとまず話を聞きましょう」

ある日部屋を訪れたロジェに少し警戒しながらも、院長は話を聞く態度を見せた。


アンが去ってから、問題児はロジェやジョンではなかったと、院長は直ぐに気付いた。

ロジェはアンの件で要求した日以来、院長を脅して良い待遇を手に入れようと思えばできるのに、ほかの子どもと全く変わらない生活を送っている。

そしてアンが去った日以来、孤児院を包む雰囲気はむしろ穏やかになった。


ジョンたちは落ち着いて行動できており、誰かを攻撃することもなかった。

情緒不安定になる子どもはおらず、子ども同士が対立して荒れることもない。

小競り合いが起きた時も、院長が介入せずとも子どもたちの中で円満に解決することが出来るようになり、今まで孤児院内で起きていた問題は、もしかしたらアンが面白がってことが大きくなるように動いていたのかもしれないとすら、思うようになっていた。


「僕はこれから、図書館に多く通いたいと思っています」

ロジェに見据えられ、その赤い瞳に少しの恐怖を覚えながら、院長は少し考える素振りをした。

「そう。ほかの子たちと違う動きをされると、こちらは困ってしまうのだけど」

「街へ向かう仕事を新たに作ってくれませんか?もし羨ましがる子どもがいるなら、持ち回りでも構いません。もし無理そうなら、僕しかできない……そうですね、狩りをいたします。その仕事を一週間に一回与えてくださるなら、狩りはさっさと終わらせ、空いた時間で図書館へ行ってきます」


ロジェの話に、悪くはない、と院長は考える。

何より、自分を脅すわけではなく、取引をしようとするロジェの態度が気に入った。


脅されれば、何かを一方的に要求されたとしても院長には断ることができない。

圧倒的優位な立場でいながら、あくまで交渉で自分の要望を通すことで、院長の信頼を得ようとしているのだ。


「そうね。では、街へのお買い物を持ち回り制でお願いすることにしましょうか」

院長は買い物のために、街へ出ることがあった。

重たい物を持ってくるのも大変になってきたし、危険であることを理由に仕事を頼む年齢をロジェ以上の上級生に限定すれば、そこまで回数も減らないだろう。


「図書館に行って、どうするの?」

年頃の男の子のように、院長には関係ありません、教える義理はありません、などという返事をするだろうと思いながら軽い気持ちで尋ねる。

「十二歳になったらリーヌアカデミーに入学したいと思っているので、色々勉強をしようかと」

「……え?リーヌアカデミーですって?」


ロジェの思わぬ返事に院長は目を瞬いた。

リーヌアカデミーといえば、ロドヴェーヌがデリスタモア帝国の属国になった頃から続く伝統と由緒ある学園だ。

受験さえ受かれば門戸は誰にでも開かれているが、実際は学校に通いながら家庭教師をつけたりなど、受験勉強に備えられる富裕層の子どもしか入学できない難関校である。

もしリーヌアカデミーに合格すれば、孤児院や貧困層の子どもは学問にかかるお金が免除でそれ以外の衣食住にかかるお金も補助金が下りるが、実際にこの長い歴史の中でもその規定が適用されたことはない。


ありえないと思いながらも、ロジェの力強い視線に気圧され、院長は思わず確認する。

「本気なの?」

「はい。孤児院にはご迷惑はお掛けしません。やれるだけやってみます」

「試験はデリスタモア帝国の言葉と文字で行われるのよ?」


ケイドシウスの時代に国民の識字率をあげる帝国の法令がロドヴェーヌにも導入され、デリスタモア帝国の言葉と文字が一気に広がった。

その普及に尽力したデリスタモア帝国は一時期ロドヴェーヌ語を禁止とし、今となってはデリスタモア帝国の言葉が公用語となっている。

ロドヴェーヌの中でも地方の孤児院やスラムなど、教育を施されなかった人々は名残で未だにロドヴェーヌ語を話すが、国民のほとんどはもうロドヴェーヌ語を話せない。


ロジェの所属している孤児院は子どもたちが普段話す言葉はロドヴェーヌ語で、デリスタモア帝国の言葉も一応読み書きができるが、それは日常生活で必要最低限の範囲だった。

当然、受験というレベルの読み書きができるわけもなかった。


「はい、大丈夫です」

院長の言葉に、ロジェは頷く。

ロジェは物心がついた頃から、ロドヴェーヌ語もデリスタモア帝国語も完璧に読み書きが出来ていた。

昔は不思議だったが、今ならわかる。

ケイドシウス時代はロドヴェーヌ語に、設計士時代はデリスタモア帝国語に、慣れ親しんでいたからだ。


ロジェにとって、リーヌアカデミーへの入学は解石材を手に入れるためのひとつの手段だった。

もし駄目だったら、またほかの場所に狙いを定めるだけだ。

孤児院に所属している間は、お金がないため自由に動けない。

お金がないと何もできないことは、二回目の人生で学んだ。


子どもの足で歩くにはロドヴェーヌは広く、ケイドシウスが解石材を隠した場所に辿り着く前に野垂れ死ぬだろう。

また、行ったところで三百年経った今、どうなっているのか想像もつかないのだ。


そうであれば、ロジェが今一番近くにいる、三百年続くリーヌアカデミーで探すことが一番の近道になる。

リーヌアカデミー内に潜り込んで解石材を探し、また卒業できれば、必然的に人より多くお金を手に入れる職業に就けることだろう。

まともな職さえあれば、もしリーヌアカデミー内に解石材が残されていなくても、ほかの土地へ向かう旅費を確保できる。

時間はかかるが、一石二鳥だ。


ロジェはこうして図書館に通うことになった。

セヴリーヌと会う回数が減ってしまうため、不安にさせないためにアカデミーに行きたい話を事前に説明した。

セヴリーヌの性格上、「ここにはもう来ないで、勉強に集中しなさい」と言われてしまうのではないかと思ったが、「ロジェとお話しする時間が減ってしまうことは寂しいけれど、目標に向かって頑張ることができるのは素晴らしいことだわ、応援しているわね」と言われて心が温かくなった。


セヴリーヌと出会った頃は、ロジェとの邂逅はまるで一期一会だとでもいわんばかりに、優しかったけれども距離を感じるものだった。

それが、今は素直に「寂しい」と言ってくれるようになったのだ。

セヴリーヌの信用を自分が勝ち取ったみたいに思えて、その日からしばらく浮かれていた。


ロジェは、晴れの日にはセヴリーヌの横で、雨の日には図書館の中で勉強をした。

大量の本を抱えても全く重たく感じない怪力の力は、こんな時とても便利だなと思う。


アカデミーの受験は小論文が多く、自分の考えやそれを纏める力を主に求められる。

だから幅広い知識が必要になってくるわけだが、ロジェは比較的ここ最近、百五十年の時代の変化を知るだけで、あとはなんとなく理解出来た。




それから更に一年経過したある日、ロジェが図書館で、ロドヴェーヌ語で記載された書物を開いていると、長い髭を生やした老齢の男性が声をかけて来た。

「こんにちは。君はロドヴェーヌ語を勉強しているのかい?」

「こんにちは。はい、デリスタモア帝国語だと帝国からの視点でしか書かれていない場合が多いので、ほかの言語で書かれた本を見かけたら出来る限り目を通しています」


外交官だったケイドシウスのお陰で、今は帝国に吸収されたほかの二つの国の言語も理解できる、とこの図書館に通うようになって気づいた。

「そうかい。実は君が手にしている本は、私がこの図書館に寄贈した物なんだよ。こんなに若い子が読んでくれているとは思わなくて、つい声をかけてしまったんだが」

「そうだったのですね、ここの図書館はリーヌアカデミーから一番近いために充実しているのかと思いました」


富裕層は、子どもをリーヌアカデミーの寄宿舎へ入れずに通うことを前提として、家族で街へ引っ越してくる場合もある。

当然、アカデミーに一番近いこの図書館はアカデミーで使用する教材や専門書も数多く置いてあり、ロジェのように受験勉強をするためにこの図書館へ通う子どもも多くいた。


「どうだい、その本を読んだ感想を聞かせてくれないかね」

ロジェは素直に本の感想と、ついでに本を書いた著者が若かりし頃に書いたほかの文献と比較してどう感じたかも話した。

男性は頷き、時たま鋭い質問を挟んでくる。

ロジェは少し考えながら、その男性と熱い論議を交わした。


しばらく二人が話し込んでいると、やがて中年の男性がその男性を呼びに来る。

「おお、もうこんな時間か。それにしても、君には少し難しいと思いながら質問したのだが、まさかこんなに話ができるとは思わなかった。とても有意義で面白かったよ」

「はい、僕も楽しかったです。ありがとうございました」

ロジェは頭をさげ、男性たちを見送ろうとした。

その時ふと、後から来た中年の男性がロジェの顔をじっと見ていることに気づく。


「ああ、僕はこの辺では珍しい魔色ですから、気になりますよね」

ロジェが笑って言うと、男性たちは一瞬ぎょっとして、顔を見合わせた。

「君、魔色のことを知っているのかね?」

「はい。女神の加護を受け、女神の血を引いていると言われている、謎の多い氷に閉ざされた国の王族の色ですよね」

ロジェがサラリと答えれば、ふたりはますます慌てたように、「君、その話は一体どこで聞いたんだね?」「ちょっとこれから話せないか」と構おうとする。


なぜ老齢の男性を呼びに来た中年の男性までがここに残ろうとするのだろうか、と思いながら、ロジェは時計を一度見た。

今日はお互いもう都合が悪いということで、次の約束を取り付け、ロジェは孤児院の名前を伝えて、その日も大量の本を抱えて孤児院に戻ったのだった。




***



『ロジェ、なんだか最近雰囲気が変わったわね』

「そうでしょうか。それはいい意味ですか?それとも悪い意味でしょうか」

『勿論、良い意味よ。大人っぽくなったというか、とても落ち着いて見えるわ。出会った時は泣いていたのが、嘘のよう』

「ははは、恥ずかしいのでそれは忘れてください。でも、良く変わったのなら、それはセヴリーヌ様のお陰ですね」


三百年前のケイドシウスと、おそらく百五十年ほど前の設計士の男。

大人だった二人と意識が融合すれば、たとえ今のロジェが十二歳だったとしても、どうしたって年相応とはいかないものだ。


そんなことを自覚したロジェを心の中で目を細めて眺めながら、セヴリーヌは嬉しくなる。

ロジェは孤児とは思えないほど博識でとても賢く、会う度に初見の臆病で繊細な印象はすっかりなりを潜め、とても大人びた表情を浮かべるようになった。


「そうそう、セヴリーヌ様。僕は無事に、アカデミーへ行けることとなりました」

『……あら?もう受験が終わって、結果が出たの?』

昨日の夕ご飯の話でも話すようにロジェに軽く報告され、思わずセヴリーヌは祝いの言葉より先に驚きの声をあげてしまう。

ほんの少し、受験の日を知らなかったことを悲しく感じたのだ。

ロジェはそんなセヴリーヌの心情を察知したようで、慌ててかぶりを振る。

「すみません、セヴリーヌ様。説明を先にすれば良かったですね、受験はしていないのですが、二カ月ほど前に街でアカデミーの教授たちと話す機会がございまして、僕を特待生として招待して下さることになったのです」

『ええと、では受験は』

「免除されました。受験とは別に、ほかの教授たちとの簡単な面接があって質疑応答はしましたが、その上で合格致しました。僕は魔色なので、その研究もしたいそうです。ケイドシウス王の母親の祖国である国は、もとから他国との親交がほとんどなかったらしいのですが、今はもう、分厚い氷と止まらない猛吹雪で完全に寸断されていて、誰も立ち入れない土地になっているそうです」

『まあ、そうなの……』

セヴリーヌは少し心配そうに呟く。

ラミアの祖国の一族がその厳しい環境の中で独立した生活を保てていればいいが、環境に負けてすでに一族が絶滅している可能性もあるということだ。

『それはともかく、とにかくロジェ、アカデミーに通うという夢は叶うのね。本当におめでとう、流石私のロジェだわ!』

「ありがとうございます、セヴリーヌ様」


アカデミーに通うことは手段であって、夢ではない。

ロジェの今の夢は、セヴリーヌの石化を解くことにほかならないのだから。

ロジェはそう思いながらも、喜色の色を滲ませるセヴリーヌの声に、微笑み返した。


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